世界の歴史上の偉人や著名人が、故郷から日本に逃れて人生の終わりを迎えるという「伝説」が、日本には少なからず存在するようだ。その代表格の1つが、青森県に存在する「キリストの墓」にまつわる伝説である。中国メディア・新藍網は16日、中国4大美女と称される楊貴妃が実は日本に逃げ延びたという説があることを紹介する記事を掲載した。(イメージ写真提供:123RF)

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 世界の歴史上の偉人や著名人が、故郷から日本に逃れて人生の終わりを迎えるという「伝説」が、日本には少なからず存在するようだ。その代表格の1つが、青森県に存在する「キリストの墓」にまつわる伝説である。中国メディア・新藍網は16日、中国4大美女と称される楊貴妃が実は日本に逃げ延びたという説があることを紹介する記事を掲載した。

 唐代の絶世の美女と称され、今なお中国4大美女の1人とされている楊貴妃。最後は反乱を起こした一因と見なされ、寵愛を受けた皇帝・玄宗から泣く泣く死を命じられて首をくくったとされる。記事は、中国や日本の民間には「賜死させられたのは楊貴妃ではなく、身代わりの宮女であり、楊貴妃本人は遣唐使の護送により日本へと逃げ延びていった」という説が存在すると紹介した。

 また、楊貴妃が日本へ亡命した地点が山口県油谷町(現在の長門市)とされていること、その後も玄宗と連絡は取りあっていたものの、ついに帰国は叶わず、日本でその一生を終えたことなどが伝説となっていることを伝えた。

 記事はそのうえで、中国にある大量の史料の記載から「楊貴妃が確かに中国で死んだことははっきりしている」とし、その伝説が史実とは異なるとの見解を示すとともに「歴史は勝手に変えてはならない」と主張した。その一方で「しかし、ふくよかで最もシンプルな美人、幸福な美人の死については、実に大きな感慨を抱かせる」とし、往々にして「傾国の美女」とネガティブな評価が下されることに対する違和感も示している。

 そして、楊貴妃の文化的な「功績」として、その美しさが後世の文人たちによる文学作品上の素晴らしい描写を引き出したこと、音楽や詩歌の才に秀でており多くの佳作を残したことを説明した。

 日本各地に存在する徐福(秦の始皇帝の命で不老不死の霊薬を求め探索に向かった方士)の伝説しかり、楊貴妃の伝説もしかり、日本と中国はやはり地理的にも歴史的にも切れない縁でつながっていることを感じさせる。まさに、中国語で言うところの「一衣帯水」なのである。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)