5月12日、80歳で亡くなった演出家・蜷川幸雄。告別式は16日、暑くも寒くもなく時折風がそよぐ過ごしやすい天候で、参列者のひとりは「葬儀場に日本中からこれだけたくさんの錚々たる俳優たちが集っているのだから天気がいいに決まっている」とつぶやいた。1950年代から演劇をはじめ、60年代から演出家として活動、70代になっても休むことなく年間何本もの作品を上演してきた蜷川との死を嘆き、つめかけた主たる人物は、5月17日の毎日新聞でこんなふうにまとめられている。

葬儀の翌日は、抑えていた涙が溢れ出たように雨だった。これは俳優の力ももちろんそうだけれど、やっぱり唯一無二の演出を誇った蜷川マジックだったのではないだろうか。
蜷川の演劇でよく使われた楽曲が鳴る中、深紅の薔薇がいっぱい入った棺が霊柩車に乗って葬儀場を出る時、葬儀場を囲む青々した木々がゆうらゆうらと風に揺れる様は、ニューヨークの権威ある劇場リンカーン・センターも高く評価した、「ムサシ」(井上ひさし作)の“揺らめく竹林”の雰囲気や、蜷川の舞台で多用された白いカーテンが風に揺れる感じも思い出された。


「世界のニナガワ」と呼ばれたほど世界的にも評価の高い蜷川幸雄だけに、葬儀には各国からお悔やみの言葉が届いた。蜷川の死は日本のみならず世界の損失だ。リンカーン・センターがニューヨークから送ってきたお悔やみの言葉には、「『近代能楽集』(三島由紀夫作)の落ちてくる椿、『ムサシ』(井上ひさし作)のゆらめく竹林、『(海辺の)カフカ』(村上春樹原作)の素晴らしい猫達、などの舞台風景が頭の中に残ります」とあった。

長女で写真家の蜷川実花が撮った遺影の背景になっている格子越しの桜と赤い月は代表作『NINAGAWA・マクベス』の舞台美術で、これをはじめとして、蜷川の舞台には常に鮮烈なビジュアルがあった。それは名画のように生の瞬間を切り取っていた。落ちるタイミングを徹底的にコントロールした椿、風に揺れる竹林のざわめきの繊細さは、長年蜷川と仕事をしてきているスタッフワークの賜物だ。
猫達は、着ぐるみをまとい、四つん這いになって、動物の動きを細やかに活写した俳優たちの仕事。蜷川は稽古場で、猫役の俳優たちに厳しく稽古をつづけていて、ニューヨーク公演の際、新聞で高い評価を受けた。
猫役の俳優たちは、ここ数日、蜷川関連のニュースで取り上げられる人気俳優たちではない。「日本で一番小さい手品師」の異名をもつマメ山田、蜷川がかつて率いていた演劇集団ニナガワ・スタジオの一員だった塚本幸男、蜷川が近年率いていた若者劇団さいたまネクスト・シアターの一員・土井陸月子が演じていた。

彼らのように決してハデに世間に出てきてはいないが、確かな個性と技術をもったユニークな俳優たちが、蜷川幸雄の周囲には存在し、通夜にも告別式にもそんな俳優たちが大勢集まってきた。
告別式で代表して弔辞を述べたのは、平幹二朗、大竹しのぶ、吉田鋼太郎、小栗旬、藤原竜也の5人の俳優で、皆、それぞれが、蜷川との日々を振り返り、感謝し、惜別の念を吐露した。その中で、吉田鋼太郎は「(前略)平さんや、大竹さんや、りえちゃんや、そんしょうや、勝村や、阿部ちゃんや、桃李や、小出や、松本潤や、淳平や、新川や、塚本や、二反田が、きっとずっとみんなが集まってみんながずらっと並んでいて、蜷川さんのキューを、ワクワクドキドキしながら待っている(後略)」と何人かの俳優たちの名前を挙げていた。

「平さん」は平幹二朗。「大竹さん」は大竹しのぶ。「りえちゃん」は宮沢りえ。「そんしょう」は演出補の井上尊晶、「勝村」は勝村政信、「阿部ちゃん」は阿部寛、「桃李」は松坂桃李、「小出」は小出恵介、「松本潤」はそのまま松本潤。「淳平」は溝端淳平だ。ここまでは、蜷川の演劇を見てない人にもなんとなく想像がつく人が多いだろう。重要なのはここから後で、蜷川の演劇をあまり見ていない人に説明しておきたい。「新川」はニナガワ・スタジオ出身の新川將人。「海辺のカフカ」で極めて重要なジョニー・ウォーカーを演じた。身体能力が高く、殺陣のある場面で活躍してきた。ゴールド・シアターやネクスト・シアターの舞台でのスローモーション(蜷川演出のひとつ、俳優がゆっくり動いて、その場面を印象的に見せる手法)の稽古は、彼が中心になって行っていた。

「塚本」は、前述の猫を演じていた塚本幸男。北野武監督「アウトレイジ」にも三浦友和演じる加藤が若頭をつとめる山王会組員役で出演するなど、映像でも活躍。5月18日放送の朝ドラ「とと姉ちゃん」(NHK)で蠅取り器を売る役をやっていた。「二反田」は二反田雅澄。彼も殺陣シーンの多い場面で支えてきた。がたいがよくて、大阪出身の明るさが現場を和ませた。小栗旬が出た「ハムレット」や「タイタス・アンドロニカス」で小栗をサポートするような役をやっていた。この8月に舞台で初主役を演じるそうだ。
他にも、5月17日放送「重版出来!」(TBS)の6話に漫画家・加藤了役でゲスト出演した横田栄司も蜷川の舞台を支えてきた俳優で、棺をもつ中心にいた藤原、小栗、松坂、綾野剛のかたわらにいた。5月18日放送の「とと姉ちゃん」に出て来た包丁を売る男もさいたまネクスト・シアターの手打隆盛だ。

蜷川の稽古場では、たくさんの俳優やスタッフが、蜷川の言葉を、全身の神経を鋭敏にして待っていた。それはまるで、映画化もされた競技かるた漫画「ちはやふる」で札を読み上げる最初の音を聞くか聞かないかで体が動くみたいなくらいの緊張感で。蜷川の要求に食らい付くたびに皆、進化し、新しい可能性に出会っていった。
神聖不可侵な稽古場だったが、そこでは、若い俳優たちにコロッケをふるまったり、富士そばのカツ丼を好んで食べたり、庶民的な営みもあった。

「おやすみなさい 優しい王子様 天使たちの歌声を聞きながら、お眠りなさい」

イギリスの演劇プロデューサー・セルマ・ホルトは、「ハムレット」の一節を、盟友・蜷川幸雄の別れの言葉に選んだ。この台詞は、ハムレットが亡くなる時、彼をずっと見つめてきた友人・ホレイシオが語りかけるものだ。蜷川は、「ハムレット」を8回も演出し、追求し続けた。
今年の秋にもう一度、小栗旬と「ハムレット」に挑む予定だったが、叶わなかった。

巨星堕つ、と言われるが、演劇界から太陽が消えてしまった。

(木俣冬)