百花繚乱、という言葉があるように、色とりどりの様々な花が咲き乱れる様子はとても美しく華やかである。しかし、日本の文化においては「花が咲く」のと同時に「花の終わり」の美しさも珍重され、それを表す言葉も豊富に存在するのである。(イメージ写真提供:123RF)

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 百花繚乱、という言葉があるように、色とりどりの様々な花が咲き乱れる様子はとても美しく華やかである。しかし、日本の文化においては「花が咲く」のと同時に「花の終わり」の美しさも珍重され、それを表す言葉も豊富に存在するのである。

 中国メディア・人民網は4月22日、「日本語の美しさ 花が落ちることを表す様々な方法」とする文章を掲載。日本語では花が「終わり」を迎える様子に対して、さまざまな動詞が用意されており、「情緒に富み、多彩な表現方式」を持っていることを説明。その動詞の種類を、代表的な花とともに紹介した。

 まず、「散る」。これに組み合わせられたのは、やはり桜の花だ。「桜散る」という言葉は、試験に落ちたり願いが成就しなかった時にも用いられるとしている。「こぼれる」は梅の花と組み合わせた。そして「落ちる」の代表として椿を紹介。ポトリと落ちるその姿が死を連想させるため、病院のお見舞いには忌避されるとも解説した。

 このほか、「しぼむ」は朝顔、「舞う」は菊、「崩れる」は牡丹の花が枯れる際に良く使われると説明。一方で、これらの組み合わせはあくまでも一例であり、固定化されたものでないことを併せて指摘。「日本語において花が開き、花が枯れることを形容する方法はとても多く、とても自由なのである」と伝えている。

 花が咲き誇り、やがて枯れ行くというのは、盛者必衰、栄枯盛衰の理を表すものと言える。枯れてなくなるからこそ、花はなおのこと美しく、愛おしく思えるのだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)