中国メディア・捜狐は9日、中国出身者を含む、日本に在住する外国人が真の意味で日本の社会に溶け込むことが可能であるかについて論じる記事を掲載した。(イメージ写真提供:(C)greir/123RF)

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 中国メディア・捜狐は9日、中国出身者を含む、日本に在住する外国人が真の意味で日本の社会に溶け込むことが可能であるかについて論じる記事を掲載した。

 記事は、外国人が日本で生活するうえで遭遇する各種の「不適応」は果たして外国人側に起因するものなのか、それとも日本人によるものなのか、と問題提起したうえで、日本在住の外国人が「日本人」として受け入れられるために越えなければならない大きな壁について3点論じている。

 1点目は「外人」、「外国人」という呼び名についてだ。「何と言おうが、(在日外国人は)終始『日本にいる外人』なのだ」、「ほぼ一生日本に住んでいたとしても、なおも『外人』と見られるのだ。これって正しく合理的な話だろうか」と提起。「日本社会に適応したとしても、永遠にその文化の一員になることはないのである、どれだけ日本で生活しても永遠に真の日本人にはなれないのだ」という極端な考え方まで存在すると説明した。

 2つ目は、言葉の壁。外国人が「日本人」となるには、言葉の壁を打ち破らなければならないが、それは決してたやすく超えられる壁ではないと解説した。複雑な文法構造に加え、毎月、毎年のように出てくる新語や外来語を仕入れなければならず、その作業は生え抜きの日本人でさえついていけないことがあるとしたほか、各地の方言や敬語、スラングについてもマスターする必要があると論じている。

 そして3つ目は、アイデンティティの問題。外国人も表面的には社会に入り込むことができ、完全に日本人の方式を遵守しなかったとしても、現地の文化や習慣をはっきり理解することは可能であるとしている。一方で、それでも多くの在日外国人が「外人・外国人」の特性を捨てて日本人になろうとしているという実態についても紹介した。

 記事は、真の日本人になるという「険しい道」を進むかどうかについては「自分の心次第」とする一方、「一番いいのは、もとの自分らしさをしっかりと残しておくことだ」と結んでいる。

 日本は外来の文化を吸収することに長けているとされるが、手放しで受け入れてそのまま根付かせるのではなく、あくまで自分たちが使えるものを取捨選択して消化・加工したうえではじめて生かすのである。ゆえに、決して他文化に対して寛容な土地柄ではないのだ。それは文化のみならず、人についても同じことが言えるのかもしれない。「外国人」が日本人として扱われるようになるには、並々ならぬ努力が必要なのだ。その努力に、われわれも敬意を払わなければなるまい。 (編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:(C)greir/123RF)