最終日最終組を戦ったジェイソン・デイと松山英樹(撮影:GettyImages)

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 「ザ・プレーヤーズ選手権」最終日の昼下がり。首位を独走してきたジェイソン・デイと、4打差2位でデイを追う松山英樹が、ともに最終組でティオフ。その時点では、言うまでもなく、どちらにも優勝の可能性があった。しかし、その4打の差を松山はついに1つも縮められず、それどころか、その差はさらに広がっていった。
第5のメジャーを制してガッツポーズを見せるジェイソン・デイ
 72ホール目を迎えたとき、通算15アンダーで優勝をすでに確実化していたデイが、9アンダーで7位まで後退していた松山に声をかけ、肩にそっと手を置いた。
 何を話していたのか。ホールアウト後、松山はその内容を「内緒です」と明かさなかったが、デイが松山を激励していたであろうことは、その雰囲気から想像できた。
 そう言えば、今年3月の「アーノルド・パーマー招待」でも、デイと松山は予選2日間を同組で回り、あのとき松山はデイのゴルフを間近に眺めたことで「自分に足りないものが明確になった」と喜んでいた。
 今日の最終日。再びデイとともに回り、彼の勝ち方を間近に眺めたことで、松山が再び明確に感じたことはあったのか。そう尋ねてみたら、松山は数秒間、黙って考えた後、なんとか口を開いた。
 「ありますけど…でも、それをどうやって自分に置き換えて、やっていけるのか…」
 悔しさが込み上げ、頭の中を整理する余裕などあるはずもない松山に、少しばかり酷な質問をしてしまったのかもしれない。そう思いつつ、「デイにあって松山に足りないもの」は何だろうかと考えた。
 考え始めたら、むしろ「松山にあってデイにないもの」のほうが、すぐさま頭に浮かんできた。
 優れたゴルフ環境に身を起き、腕を磨いて活躍したジュニア時代や大学時代。それは松山にあって、デイにはなかったものだ。米ツアーに辿り着くまでの道程も、ノンメンバーからスムーズに出場資格を得た松山はエリート街道だが、デイは下部ツアー経由の苦労人。
 初優勝までの道程も、松山がフル参戦1年目に勝ったのに対し、デイは米ツアーデビューから3年目でようやく初勝利。その当時のデイがエリートと見なされたことはなく、彼が注目を浴びたことと言えば、アルコール依存症になってケンカを繰り返した少年時代のストーリーばかりだった。
 そんなデイが世界のトッププレーヤーと見なされ始めたのは、彼がマッチプレー選手権を制した2年前。全米プロを制し、年間5勝を挙げて世界一に上り詰めたのは昨年のこと。そして今年、3月のパーマー招待とマッチプレー選手権で2連勝を飾り、今週の勝利によって揺るぎない王座を確立した。
 駆け足でスターダムを昇り始めた時期は、デイも松山もほぼ一緒。だが、米ツアーにおけるキャリアは、4つ年上のデイのほうが松山よりはるかに長く、乗り越えてきた山谷は松山より圧倒的に多い。
 デイのそんなキャリアの長さや苦労の多さを松山が真似ることはできないし、真似る必要もないのだが、驚くほど険しい道を経て頂点に辿り着いたデイだからこそ、松山が「感じるもの」があるのだろう。
 父親が病気で他界し、淋しさと貧しさに喘いだ10代の日々。そこから身に付けたネバーギブアップの精神は、デイのゴルフのそこここに息づいている。
 どんなに苦しいときも絶やさぬ笑顔。それは、デイが母親から学んだことだ。
 「ゴルフも人生も、楽しいと思うことが大切。試合に臨むときは楽しもうという姿勢で臨まなきゃダメだ。僕は僕の人生をノーストレスに変えてきた。2008年に米ツアーにデビューして以来、僕はそうやって、ゆっくりゆっくり僕のキャリアを積み上げてきた」
 松山が言った「自分に足りないもの」は、きっとデイの明るく前向きな姿勢の中から感じ取った「何か」なのだろう。そして、その「何か」が、いつか松山を一気に飛躍させるのではないだろうか。
「優勝して満足し切ることは決してない」
 その想いは、デイも松山も同じ。焦らず、明るく、信じて頑張っていけば、いつか必ず花開く。デイがそうだったように、松山の大輪の花も、いつか必ず、開花する。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

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