自動車を運転する際、日本では車線は「守るべきルール」だが、中国では「目安」に過ぎない。日本の高速道路でも、渋滞時の料金所では「カオス」な状態になることがあるが、中国の高速道路や幹線道路ではどこもかしこも「カオス」なのだ。強い意志と自己主張がなければ、そこから抜け出すことは不可能である。

 中国メディア・新浪に13日掲載された「世界で最も規則正しく自動車を運転するのは、おおかた日本人だ」という文章において、日本のドライバーがいかに秩序を守り、車線に忠実に従って危険な加速や割り込みをせず、やたらクラクションを鳴らすことなく譲り合いの精神で運転しているかを説明している。文章の作者は特に、夕方のラッシュ時における東京の道路の秩序正しさに深い感銘を受けたようだ。

 ではなぜ、日本のドライバーはこれほどまでに規則正しく自動車を運転したがるのか。その答えは簡単だ。誰も事故を起こしたくないからである。日本の道路上において、中国では当たり前の「強い意志と自己主張」を示そうものなら、事故をはじめとする交通トラブルが起きる確率が格段に上昇する。事故が起きれば警察のお世話になるほか、賠償問題など種々の面倒なやり取りが発生することになる。そして事故現場を多くの人に見られ、「事故を起こした」という事実を周囲に知られるということに対して強い羞恥心や屈辱感を覚える。単にマナーやモラルの問題では片付けられない。

 マナーの点で言えば、大都会で自動車を運転する人と、地方で運転する人では意識が違う。都会でルーズな運転をすれば事故が起きやすくなるし、地方で律儀な運転をしていたら「誰も飛び出してこないのに」と訝しがられる。どれほど交通ルールを守るかというのは、同じ日本においても「事故を起こしたり、違反を取られたりするリスク」の違いによって、多少なりとも差が存在するのだ。

 中国で車線が「目安」なのは、自分の行動を優先させたいという気持ちが、事故の発生に対する危機感や恐怖感、そして事故の発生に対する社会的、経済的リスクのインパクトを大きく上回っているから、と考えることもできるのではないだろうか。

 マナーやモラルの改善を声高に叫び、積極的に進めることは悪いことではない。そのために、日本の状況を紹介して交通マナーを呼びかけてもらうことも構わない。しかし同時に、事故やトラブルを起こすことに対するドライバーの恐怖感や、実際のペナルティを強めなければ、単に「道徳」だけで中国における道路の秩序を劇的に良い方向へと進めていくことは難しいのである。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)