大切な人との関係を大切なものとして扱うために 前編【マインドフルネスでいまを生きる】

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連休や母の日で、5月上旬は家族との時間を過ごした方も多かったのではないでしょうか。家族やパートナーなど、親しい人との間では気が緩んでつい言葉や態度がぞんざいになってしまいがちです。でも、「親しき仲にも礼儀あり」。むしろ、親しき仲に「こそ」かもしれません。大切な人との関係を大切なものとして扱っているでしょうか。
家族とともにいるとき、自分にも相手にも、無意識的に(あるいは意識的に)さまざまなラベルを貼っています。
妻、母親、娘、嫁......。夫、母親、父親、姑、舅、息子、娘、兄、姉......。ひとりの人としてではなく、どうしてもそのラベル越しに相手を見てしまいます。さらに、そのラベルに対しての思い込みは、自分で思っている以上に強固だったりします。妻はこうあるべき、母親はこうあるべき、夫は、子どもは......。そして、夫婦とは、親子とは、家族とはこうあるべき......。そして、知らず知らずのうちに、自分や相手にその思い込みを押し付けてしまいます。
たとえば「妻あるいは母親は毎日朝ごはんを作るべきだ」と思っていたとしたら、朝ごはんを作らないことに罪悪感を感じるかもしれません。たとえ体調が悪かったとしても「朝ごはんを作らないといけない」とか「休むわけにいかない」と、自分に鞭打って朝ごはんを作るでしょう。「夫あるいは父親は毎日朝ごはんを作るべきだ」と思っていたとしたら、たとえパートナーが毎日朝ごはんを作ってくれたとしても、当然であると思ってしまうし、反対に作らなければダメな、あるいはひどい夫、父親だ、と判定を下すことにもつながります。
今日の1枚:
雄だと聞いてもらった猫、弦。後から病院で雌だと分かりました。雄だと思っていたときと雌だと分かってからでは、接し方が変化したことに自分でもびっくりしました。
>>明日の後編に続く
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