自由民主党HPより

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 先日10日に発売された「文藝春秋」(文藝春秋)6月号に安倍晋三首相の実母、洋子氏の独占インタビューが掲載され、話題を集めている。記事のタイトルは、「父、夫、息子を語り尽くした 晋三は「宿命の子」です」。しかも、このインタビューの聞き手を務めたのは、安倍首相にもっとも近いといわれ、安倍氏お気に入りのNHKの岩田明子報道局政治部記者兼解説委員である。

 洋子氏は現在88歳。岩田氏が晋三氏の番記者となったのは官房副長官時代の2002年だが、その後、毎年5月15日に行われる晋三氏の父であり洋子氏の夫・晋太郎氏を偲ぶ会で、岩田氏は洋子氏と顔を合わせるようになった、という。岩田記者が安倍首相だけでなく母親にまで食い込んでいたとは、まさに安倍首相の"いちばんのオトモダチ"らしい話だが、今年は晋太郎氏の没後25年という節目であることから、今回の4時間半におよぶインタビューが実現したらしい。さらに洋子氏からは、〈メディアのインタビューに応じる最後の機会としたいという意向も示された〉という。

 はたして、晋三氏も頭が上がらない"政界のゴッドマザー"である洋子氏は、最後の取材で何を語るのか──。そんな期待をよそに、インタビューはのっけから晋三・洋子氏の"母子密着ぶり"が美談のように語られてゆく。

 現在、晋三氏は公邸ではなく、渋谷区の一等地にある洋子氏の父・岸信介元首相の豪邸跡地に建てた高級マンションの2階で暮らしている。そして洋子氏はその3階に住んでいるのだが、「晋三が自宅にいるときは、朝食はいつもわたくしのところで、昭恵さん(総理夫人)と一緒に青汁とヨーグルトと果物をいただいてから出かけてゆきます」と、その生活ぶりを明かす。

「昔からお肉、特に鶏肉が好きでしたが、公邸に泊まるときはどうしても食事がお肉に偏りがちなようなので、自宅にいるときはなるべく野菜を炊いたりして、栄養バランスの良い家庭料理を出すようにしております」

 61歳にもなって、いまだ栄養管理を母に頼りきりの晋三お坊ちゃま。甲斐甲斐しく世話を焼く洋子氏の姿が目に浮かぶが、他方、妻である昭恵夫人に対して不満を抱いているような発言も。

 たとえば、晋三氏と昭恵氏が飼っている愛犬・ロイについて、洋子氏は「もともとは昭恵さんがよそからもらってきたワンちゃんなのですが、昭恵さんも活発にあちこち飛び回っていて、年中留守にしておりますから、ほとんど三階に来ています」と紹介。「たまに昭恵さんが早い時間に帰ってくると、「今日は久しぶりに二階に行ったらどう?」と連れて行くのですが、三十分もしないうちに戻ってきてしまって」と、昭恵夫人のことを"犬も懐かなくなるほど家にいない"と遠回しに非難するかのような口ぶりだ。

 また、息子のことがかわいくて仕方がないらしい母は、現在の公邸ではなく私邸住まいを「本人にとっては良いのかもしれません」と庇い、こんなことまで言ってのけている。

「前回の政権では公邸に泊まることがほとんどでしたが、あそこはお化けが出るとよくいいますでしょう(笑)。いまは建て替えられておりますが、五・一五事件や二・二六事件の現場となった旧公邸では、亡くなった方もいらっしゃいますから、いろいろな怨念がこもった場所でもありますしね」

 お化けが出るから私邸でいいじゃない......って、どれだけ親バカなのだろう。そもそも、災害などの非常事態や警備面、そのために使われる予算を考えても、総理大臣は公邸に入るべきだと思うが、このようにいまだ庇護を受けながら、安倍首相はぬくぬくと日々を送っているらしい。

 そんな母は、政治家・晋三について、このようにアピールする。

「晋三が政治家になって、主人と似ていると感じるのは、一度言い出したらなかなか周りの言うことを聞かない、頑固なところです。それから、表面上は強く厳しいことを言っていても、裏では人のことを気遣うというのも、主人と似ていますね。晋三があるとき、古くからの支援者の方と衝突してしまったのですが、それでも何年か経つと、「あの人、あれからどうしてるかな。今度食事にでも誘おうかな」なんて言い出すのです」

 いや、「周りの言うことを聞かない、頑固なところ」はよく知っているし、国民の声は聞かないわ国民の生活に気遣いもないわでたいへん困っているのだが、母はそんなことも理解せず、息子をこう弁護するのだ。

「昨年、晋三が安保法制の成立に一生懸命に取り組んでおりました。晋三も自らテレビに出ていろいろと説明をしておりましたが、安保法制の意味あいをまだ理解していない方たちが聞くのだから、もっと分かりやすい言い方をしなければならないのではないか、などと思いながら見ておりました」

 安保法制に反対する人びとは、その「意味あい」をよーく理解して反対していた。しかし、この親子にはそんなことは理解できない。というのも、晋三氏と同じように洋子氏にとっても、「安保」によって最愛の父・岸信介が世間から叩かれたということが、いまも遺恨になっているからだ。

「大げさに聞こえるかもしれませんが、当時の父は本当に命がけで安保に取り組んでおりました。国民からあれほど反対されても、「国家のためにやっていることなのだから、後世の人々には絶対に理解してもらえる」としばしば申しておりました。
 わたくしからしてみれば、国家のためにやっていることなのに、どうして理解してもらえないのかと思っておりました」

 もちろん、"政界のゴッドマザー"たる洋子氏は、ただ黙って政界を見ていたわけではない。夫・晋太郎氏が落選したときは、洋子氏も地盤固めに奔走したというが、その際の驚きのエピソードを平然と述べている。

「なかなか選挙にならなかったので、当時総理だった佐藤の叔父に、「なんで早く解散してくれないの」と申したこともございました」

 夫のために国会の解散を直訴する──。国民無視の考え方に唖然とさせられるが、1987年の総裁選にて夫が竹下登に破れたときのことも、洋子氏は「わたくしは思わず「これはいったいどういうことになっているの」と口走ったものです」と振り返っている。

 夫が最期まで就けなかった総理大臣の座、そこにいま息子がいる。このことは洋子氏にとって大きな意味があるに違いない。もちろんそれは"父の悲願を息子が達成する"という夢がかかっているからだ。

 事実、このインタビューでも洋子氏は、現在の憲法はアメリカの押し付けだと強調。「時代はここまで移り変わっているのですから、いまの時代に合った憲法を作るべきなのではないでしょうか」と、息子をバックアップしている。

「五十五年の歳月を経て、父と同じように国家のために命を懸けようとする晋三の姿を見ていると、宿命のようなものを感じずにはおれませんでした」
「母親として晋三にしてあげられることはそうはありません。ただ主人の仏前には、晋三の健康のことと「晋三が、この国の歩む道を誤らせませんように」ということを、祈るばかりです」

 なぜ、その「宿命」とやらに国民が巻きこまれなければならないのか。国を動かす華麗なる一族に育った母も息子の物語に付き合わされるという、この理不尽。息子はもうすでに「この国の歩む道を誤らせ」ているのだが、洋子氏にはそんな国民の言葉は届かないだろう。
(水井多賀子)