『脱ゆとり』にひっそり反発!ゆとりで良かったと心から思うこと

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先日、馳浩文科相が、次期学習指導要領は、かつての『ゆとり教育』に戻らないとする『脱ゆとり』を宣言したことで話題となっていますね。

『ゆとり教育』が『緩み教育』という間違った解釈で現場に浸透してしまったため、どこかで『ゆとり教育』との決別宣言を明確にしておきたいと思ったことをその理由に挙げていますが、ゆとり世代としては、「やっぱり、ゆとりは間違っていた」と言われているようで、なんとも納得しがたいこと。

そこで今回は、『脱ゆとり』にひっそり反発するため、ゆとりで良かった!と思うことをまとめてみました。

サードプレイス探しが得意

働き方について様々な考えを持つゆとり世代では、「会社と自宅を往復する毎日って、何の意味があるの?」と自問する人も少なくありません。

「この働き方は、私には合わない」と判断して、早々に離職するゆとり世代が取り上げられがちですが、一方でサードプレイス探しが得意なゆとり世代も多いのです。

サードプレイスとは、生活を営む自宅をファーストプレイス、職場をセカンドプレイスと考えたときに、いち個人としてくつろぐことのできる『第三の場所』のこと。

つまり、会社を辞めずに自分が輝ける楽しい場所を見つけ、その楽しみを糧に仕事を頑張ると決めている人も多いということなのです。

「会社は、退職まで働き続けるべき」という概念に縛られず、自分の人生を考えられるようになったのは、『ゆとり教育』のおかげなのではないでしょうか。

傷つかない方法を身につけるのが得意

「ゆとりは、打たれ弱い」と非難されることが、よくあります。打たれ弱いからこそ、自分が傷つかないように「逃げる傾向がある」のでしょうか。でも、これは実は現代を生きる人間にとっての、メリットでもあると思うのです。

なぜなら、理不尽なことというのは絶対になくならないから。生きている限り、防ぎようのない理不尽なことに傷つけられることは必須です。

それなら、避けられるべき理不尽さからは傷つけられないように逃げても良いのではないでしょうか。

短所と長所は表裏一体とはよく言ったもので、『ゆとり世代』の傷つかない方法を身につけるのが得意なことは、『ゆとり』で良かったことの一つです。

多用な考え方を持つが故に、「何を考えているか分からない」「扱いにくい」と言われてきた『ゆとり世代』。でも、「これしか道はない」と考えて追い込まれることの少ない世代でもあります。

学習指導要領の改定は色々な趣旨があるものと理解していますが、『ゆとり教育』の良さを残したまま、更に良いものに変化していくことを祈るばかりの『ゆとり世代』です。