政府が脱ゆとり宣言!でも「ゆとり教育」って、本当に失敗だったの?

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文部科学省が5月10日、「脱ゆとり」を宣言し、授業内容や時間を減らした「ゆとり教育」との決別を明確にする方針を固めました。

教育の現場や保護者の不安の声に対応する形となった今回の「脱ゆとり宣言」。たしかに「ゆとり世代」の社会からの評判はあまりいいものではありませんが、教育を受けた当事者からするとそこまで否定的なものでは無いように思えます。

では、ゆとり世代たちが大人になって気づいた、「ゆとり教育は間違ってなかった」と思う理由はどこなのでしょうか。

義務教育は社会で役に立たない!?

よく考えてみれば、義務教育で学んだことはほとんど社会で使いませんよね。役に立つものといえば、「簡単な計算」「漢字の読み書き」など小学校で学んだような事ばかり。あんなに必死になって覚えた歴史の年号は、仕事で使う事はまずありません。

義務教育で学んだ勉強は、いわば義務教育以降の専門分野選択のための材料。いろんな分野を試してみて、自分が将来進みたい道を定めるためには確かに必要だったのかもしれませんが、大人になってから社会や仕事でここまで使わないのでは、「あの苦労した時間はなんだったんだ!」とさえ思えてきます。

そんな、大人になってから大して使わない義務教育を受ける時間が少し削られて、その分家族との時間や感性を磨く時間が増えたのなら、その方が人間としての”厚み”がでるもの。義務教育の授業時間を減らすことは、あながち間違いじゃなかったのかもしれません。

ゆとり教育で専門性があがった

ゆとり世代には、実はすごい人がたくさんいるのです。フィギュアスケートの羽生選手と浅田選手はショートプログラムの最高得点でギネス記録に認定されていますし、史上最年少で直木賞を受賞された朝井リョウさんもゆとり世代。もちろん、アーティストや芸術家もたくさんいます。

その背景にあるのは、義務教育の時間が削られ、その分自分の興味ある分野に集中できる時間(習い事や読書、自主学習など)が増えたということ。つまり「やたいことはとことん、やりたくないことはやらない」が許された世代。「やらされる勉強」ではなく「自らやる勉強」を個人がおこなっていました。

各々の分野での“天才”が多く生まれたのが、ゆとり教育の成果だといえそうです。

ゆとり世代は「根気がなく飽きっぽい」「失敗をおそれがち」なんて言われますが、筆者の見解からするとその限りではないと思います。

努力家で、自分の「やりたい!」と思ったことには目標と高くかかげ、なおかつそれを実現している人が多いゆとり世代。そんなゆとり教育から「決別」を決めた政府。日本の将来はどう変わっていってしまうのでしょうか。