4月上旬から6月上旬にかけての約2ヶ月間、テニス界の主戦場は、欧州を中心とする「クレーコートシーズン」となる。

 ボールが高く弾む、あるいは足もとが滑るなど、独特の性質を持つクレーは得手・不得手が大きく分かれるコートだ。スペインや南米育ちの選手たちは赤土の上で水を得た魚のように躍動し、逆に苦手な選手たちはダメージを最小限にとどめるべく、我慢の季節を強いられることになる。

 そして今年の「赤土のコート」には、例年以上に多くの選手たちの喜怒哀楽が、より色濃く塗りこめられることになりそうだ。なぜなら、全仏オープンが閉幕した翌日の6月6日に発表される世界ランキングこそが、リオオリンピックの出場選手を決めることになるからである。つまり、今年のクレーシーズンとは6月5日をタイムリミットとした、「オリンピック出場権獲得レースのラストスパート期」とも言えるだろう。

 テニスにおけるオリンピック出場選手は、国内選考会等ではなく、基本的には世界ランキングに準じて決まることになる。

 オリンピック競技の男女シングルスに出場できる選手は、それぞれ64名。そのうち56選手は6月6日発表のランキングによって出場権を得られ、残りの8名分は「自国開催枠」「地域別枠」「ワイルドカード」等に充てられる。したがって、本来はランキング56位以内に入っていれば出場権を得られるのだが、1ヶ国あたりの出場上限が「4名」と定められているため、ランキングが高くても弾かれる選手も出てしまう。

 具体的には、男子では現在スペインがトップ60に10名、フランスが9名の選手を抱えている。また女子でも、ロシアとドイツがトップ60にそれぞれ7選手、アメリカが63位のヴァルヴァラ・レプチェンコまで含めると、やはり7名が入っている状態。もちろんまだ、今後ランキングが変動するので何とも言えない部分もあるが、これらの国の上限枠を考慮すると、「65位前後」が出場権獲得のボーダーになりそうだ。

 また出場権獲得には、デビスカップ(男子)やフェドカップ(女子)といった国別対抗戦に出ていることなども加味される。

 では、日本人でこれらの条件を満たし、リオオリンピックに出るであろう選手は誰だろうか?

 まず確実なのは、男子では錦織圭。世界ランキングは現在6位。当然日本人1位であり、デビスカップ等の条件も満たしている。

 女子では、日本人1位で世界ランキング43位の土居美咲が、かなりの確率で出られると見ていいだろう。ただ、土居の場合は、昨年5月のニュルンベルク大会で予選を勝ち上がりベスト8まで勝ち進むなど、1年前のこの時期に稼いだポイントがかなり大きい。出場権を確実にするためには、全仏オープン前に何試合か勝っておきたいところだ。

 日本人2位の日比野菜緒も、世界ランキング61位で当落線上につけている。現在は、右肩の関節部に見つかったガングリオン(結節腫)の治療に専念するため、2大会の出場を見送りリハビリ中。昨年ツアー優勝を果たしてランキングを急上昇させた日比野は、「日の丸を背負うことにものすごく憧れている」と常々公言し、オリンピック出場を熱望している選手である。それだけに、五輪出場権がかかった全仏オープンにかける気持ちは、誰よりも強いはずだ。

 これまで名を挙げてきた選手以外で、今後出場権内に飛び込む可能性がある選手ということで言うと、男子では89位のダニエル太郎、女子では84位の奈良くるみがいる。ただ、いずれも状況的にはかなり厳しいと言わざるを得ないだろう(大坂なおみは現在104位なので、出場はかぎりなく難しい)。

 14歳からスペインを拠点とするダニエルには"クレー巧者"のアドバンテージがあるが、上位勢が集うツアー大会への出場はランキング的に難しいため、現時点で全仏前に出る予定なのは、ボルドーでの「ATPチャレンジャー(下部レベルの大会)」のみ。そのような現状は奈良にしても同様で、現在やや体調を崩していることもあり、全仏前にストラスブールのツアー大会に出るかどうか、様子を見ている状況だという。

 もっとも、このような悩みを抱えているのは、日本人選手たちに限ったことではない。オリンピックは、今では多くの選手が「出たい」と口を揃える大会であるが、同時に年4回のグランドスラムで好成績を残すことや、毎週のように開催されている大会を戦い、体調やランキングを維持していくことも、テニス選手にとっては何にも増して重要だからだ。

 ダニエルは「オリンピックは絶対に出たい」と情熱を見せながらも、それに心をとらわれてランキングを気にしたり、出場大会等のスケジュールを左右されるようなことはしたくないとも考えている。そのような選手たちの事情等も頭に入れつつ、この初夏のテニス界の動向を見ていくと、また一層趣(おもむき)深いのではないだろうか。

 なお、やや余談になるが、オリンピックのテニス競技は前回のロンドン五輪から、98年ぶりに混合ダブルスを復活させた。混合ダブルスの出場枠は16チームで、これはすでにシングルスとダブルスに出場している選手たちが、現地会場で登録することでエントリーが決まる。ということは、日本では錦織と土居の混合ダブルス結成......という可能性もなくはない。

 錦織は、前回のロンドン五輪では添田豪と組み、男子ダブルスでも出場。混合ダブルスとなると、2012年の全豪オープンでクルム伊達公子と組んで以降は滅多にお目にかかれないが、このときはダブルス巧者な伊達の老獪さと、錦織の攻撃力およびコートカバー能力が噛み合い、観客を沸かせた。

 もし錦織と土居が組むとなれば、どちらも攻撃型で、ある意味似た選手同士だが、土居にはサウスポーという特性がある。「このふたりのダブルスも、なかなか魅力的なのでは......」と、登録締め切りの8月9日まで、日本のみならず各国の"夢のチーム結成"に思いを馳せるのも、またオリンピックの楽しみである。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki