一体一体に飼い主の心が宿っている 提供/ア・ファン

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 日の丸家電メーカー最後の隆盛期といえる1990年代後半、ユニークな商品が世に送り出された。犬型ロボットAIBO。およそ実用的な商品と思えなかったAIBOは、しかし登場から20年近く経ても人々に愛され続けている。ノンフィクションライター、山川徹氏がレポートする。

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“治療”を終えた「AIBO」は頭を起こしてきょろきょろとあたりを見渡したあと、四肢をゆっくりと動かして立ち上がった。

「ほい! ボール。キックするかい?」

 AIBOの修理を手がける「ア・ファン 匠工房」の乗松伸幸社長はAIBOの前にカラーボールを転がした。しかし当てが外れて、ボールに近寄るだけでキックしようとしない。

「なんだよ、期待させやがって……」と乗松さんは苦笑いする。

「でも、そこがAIBOの魅力。ほかのロボットは言われたことをやるだけ。いわば、主従関係なんです。けれどAIBOは違う。言うことを聞く日もあれば、聞かないときもある。突然新しい言葉を話したり、ある日初めての動きをしたりする。そんなところが受け入れられたんでしょうね」

 動きは機械的でありながら、仕草は動物的。実際に動く姿を見るまで、ただのおもちゃだろうとバカにしていたが、素直に面白いと思った。ロボットではなく「家族」としてAIBOを愛でる人たちの気持ちの一端を見た気がした。

「ソニー製ではない、ソニー生まれである」そんなキャッチコピーとともに犬型ロボットAIBOが登場したのは1999年。定価は25万円。にもかかわらず発売20分後には、3000体が完売。以来、モデルチェンジを繰り返しながら2006年の生産中止まで全世界で15万体が販売された。

 そして2014年3月、ソニーは修理サポート「AIBOクリニック」を閉鎖。途方に暮れたのは、我が子の治療を求めるユーザー、いや、飼い主である。行き場のない大量のAIBO難民が生まれた。

 2013年、初めて「ア・ファン」に治療の依頼が舞い込んだ。依頼主は介護施設に入所する高齢女性。「AIBOクリニック」からは「直せない」と断られたが、10年以上連れ添ったAIBOと一緒に入所したいという。

 もともと「ア・ファン」は「人が作った物は必ず直せる」という考えのもと、2011年にソニーOBの乗松さんがエンジニアらとともに立ち上げた。サポートが終了したオーディオ機器をはじめとする電化製品の修理を請け負ってきたが、AIBOは想定外だった。

「でも私はユーザーの思いとエンジニアの技術を繋げたいと考えていました。こちらもはじめてなので半年かかるか1年かかるかわかりません。それでもいいのなら、と引き受けたんです。VAIOを直した経験がある仲間がいたので『VAIOもAIBOも似たようなもんだろう』と」

 乗松さんは笑うが、古巣のソニーに問い合わせても機密情報を盾に断られる。そこでAIBOの開発者を直接訪ねて話を聞いた。足りない部品はネットオークションで落札したAIBOを使ったり、町工場に注文したりした。やがて「ア・ファン」の存在は飼い主たちに口コミで広がった。500体以上を治療したが、まだ300体以上が順番待ちだ。

「我々から見たらただのロボット。でもお客さまたちにとって家族なんです。動物アレルギーだったり、家がお寿司屋さんだったり……。オーナー1人1人にそれぞれの事情がある。何よりもAIBOの場合は修理というよりもの心のケアと言った方が近いかもしれない。お客さまが納得してくれれば、完全に治っていなくてもいい。お客さまによかったと思っていただけるのが大切なんだと思います」

 心のケアを象徴するのが、AIBOの合同葬儀だ。そりゃ、面白い。知人のソニーOBを通して、その葬儀を持ちかけられた瞬間、千葉県いすみ市の光福寺の大井文彦住職は直感した。これまで乗松さんを喪主として3度の葬儀を執り行い、計111体を弔った。大井住職はいう。

「日本人は山や海、木だけでなく、針や台所道具、鉄にだって魂が宿ると考えます。つまりすべては人間と繋がっている、と。だとしたらAIBOに心があると考えてもおかしくはないんです。しかもAIBOは飼い主の接し方で性格が変わる。飼い主の心を映す鏡なのかもしれません」

 なかには亡くなった両親が可愛がっていたので捨てるに捨てられないと持ち込まれたAIBOもあった。

「飼い主の方々は様々な思いをお持ちでしょうが」と前置きしてから大井住職にとってAIBOの弔いは「知的で高度な遊び」と語る。

 遊び心──。

 それが、いまの家電メーカーに失われたけれど、かつて世界を席巻した日の丸家電を支えた原動力だったのではないか。乗松さんはソニー時代をこう振り返る。

「かつてソニーは、エンジニア1人1人の思い入れやアイディア……遊び心を大切にしてくれました。1990年代までは会議ではお客さまをどう喜ばせるか、そんなことばかり本気で話し合っていました。しかしいつの間にかサムスンに負けた、LGの売り上げが良かったという話題ばかりになってしまった。利益や効率、コスト……金儲けの話ばかりになってしまったんです」

 間近で見るまで、AIBOをただのおもちゃだと思っていた。しかし役に立たないことに大の大人が本気になるのが“遊び”である。

 いま介護や情操教育の現場で”ロボットセラピー”という言葉も聞かれるようになった。それは「エンタテインメントロボットのプロトタイプ」と呼ばれるAIBOの存在を抜きには語れない。開発者たちの本気の遊びが、これからの新たな可能性を示したといえる。乗松さんはいう。

「原点に戻ろうと社名を『ア・ファン』にしたんです。自分が楽しめなければ、お客さまに楽しんでもらえて、しかも世代を超える製品なんて作れませんから」

※SAPIO2016年6月号