訪日中国人の多くは、日本の道路にはゴミが落ちていないと称賛する。確かに中国では大都市であっても居住区の道路は非常に汚く、ゴミも多く落ちているため、中国人が日本で驚くのも無理はない。(イメージ写真提供:123RF)

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 訪日中国人の多くは、日本の道路にはゴミが落ちていないと称賛する。確かに中国では大都市であっても居住区の道路は非常に汚く、ゴミも多く落ちているため、中国人が日本で驚くのも無理はない。

 しかし、日本も昔から今のような社会を構築できていたわけではない。モラルというものは努力して向上させるものだ。中国メディアの今日頭条はこのほど、「日本の街はきれいな場所だけではなく、汚い場所もある」と題して、日本の街の真相を伝える記事を掲載した。

 記事は、中国では日本人の衛生意識が「良い手本」とされ、日本の道路には「塵ひとつ落ちていない」、「一日中歩いてホテルに帰っても靴がきれいなままだ」などと称賛の声であふれていると紹介。

 確かに、街中に清掃員がいるのにゴミが多い中国とは大きく異なり、日本で清掃員を見かけることはなく、近隣住民や会社などが自主的に清掃しているだけでも清潔さを保つことができている。しかし記事は、日本人だからきれい好きというのは間違っていると主張し、その理由として日本人も最初から衛生観念や民度が高かったわけではないからだと論じた。

 続けて記事は、1970年に発行され、ベストセラーになった高橋敷氏の著作「みにくい日本人」を紹介。同書籍では過去の日本でも現在の中国のようにトイレが汚く、ゴミのポイ捨てをする日本人の姿が描かれていると伝えた。
 しかし1990年代にはこうした状況はほぼ改善されたが、その理由について記事は、日本人だからではなく「時間をかけて衛生意識を高める努力を続けてきた結果」なのだと論じた。

 そのうえで、ゴミが散乱した現代の日本の一部の場所の写真を紹介し、日本にもきれいな場所とそうでないところがあるのと同様、中国も北京や上海などの大都市はきれいだと主張。中国もモラル向上の努力を続けていけばきれいな街が増えていくと主張して結んだ。

 日本人と中国人の現時点におけるモラルや衛生観念の差は大きいと言えるが、日本もかつては通ってきた道だ。訪日中国人がきれいな日本の道路を見て学ぶことで、いつかは中国でも日本のように街道の清掃員が必要なくなる時が来るかもしれない。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)