吉野家は牛皿専門業態にも着手

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 牛丼チェーン店が次々と新しい業種の開発に取り組んでいる。その先鋒は吉野家だ。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏がレポートする。

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 九州を襲った地震で大きな被害を受けた熊本県益城町で、牛丼チェーンのキッチンカーが炊き出しを続けている。一方、本部のある東京では、吉野家がサンドにカフェ、そしてディッシュ──。次なる一手を模索するかのように、続々と新業態店をオープンさせている。

 大きな動きがあったのは、昨年10月。東京・青山にオープンしたお米サンド専門店「ファンガス・ライス・サンドウィッチーズ」だった。きのこや野菜を使ったライスサンドで顧客の健康志向を意識した業態だ。以降、吉野家は続々とテストマーケティング業態店舗を立ち上げた。12月には西新宿に牛皿専門店「牛皿一丁」をオープン。店名に掲げた「牛皿」も同店限定の「別撰」という注文ごとに煮上げるメニューも用意した。

 今年に入ってからの展開はさらに意欲的だ。3月11日には、改装中だった恵比寿駅前店を黒い看板にかけ替えた。オペレーションも異なる。カフェ風の店内で、先に注文と会計を済ませるファストフード方式。卓上に紅生姜や七味唐辛子はないが、電源のコンセントはある。「吉呑み」業態のアルコールやつまみのメニューを充実させ、ごく一部の店舗でしか提供していなかったソースカツ丼も展開されている。

 その一週間後、3月18日には横浜市青葉区の「たまプラーザテラス」内に「ライブキッチン yoshihnoya」をオープンさせた。土地柄、ファミリー層を意識した店舗で「お店でカット」した手づくりサクサクフライドポテトを前面に押し出したメニュー構成だ。牛丼もあるが注文は「牛丼ディッシュ」(牛丼・マリネサラダ・ポテト)などのセット方式が基本。ほか「ビーフステーキセット」(980円)や「チキンステーキセット」(780円)などガラス張りのキッチンに見える巨大な鉄板を活かしたメニューもある。

 もっともこうした新業態の展開は、吉野家にとって珍しいことではない。郊外やフードコート内には青い看板の「そば処吉野家」もあるし、昨年の「ちょい呑み」ブームの魁となった「吉呑み」も2013年に神田の実験店舗での成功を受けてのものだ。一方、吉呑みとほぼ同時期にスタートさせた一人鍋専門業態の「いちなべ家」はすでに看板を下ろしている。それ以前に、門前仲町や蒲田などで展開していた牛丼専門業態の「築地吉野家」ブランドもいまはない。

 実験店舗で小規模なスタートを切る。勝機があると見るや一気に拡大し、見込みが薄ければ撤退する。そうした手法自体は、もともと吉野家の得意とするところだ。だがここ最近の吉野家は、過去に例を見ないほど新業態の開発に意欲的だ。

 その謎を解くカギは今年の決算発表にある。吉野家の今期(2016年2月期)の決算における売上高は1857億円(前期比3.2%増)だったが、営業利益は16億円(同54.1%減)と大幅な減益となった。理由としては「暖冬」が挙げられていたが、吉野家の主力商品は牛丼であり、季節商品の「牛鍋」のせいで50%以上もの減益になるとは考えにくい。

 同時に発表した中期経営計画でも今後3年を「種まき期間」と明言し、決算短信でも「現在のビジネスモデルに代えて、長期的に運用できる『新しいビジネスモデル』の構築を中長期的な課題」と謳っている。食材原価の高騰を売価に反映すれば、客数が伸び悩む。だが牛丼屋である以上、おいそれと牛丼は捨てられない。だからこそ吉野家は新しい業態の開発に取り組んでいる。

「うまい、やすい、はやい」からの脱却は、吉野家だけの課題ではない。松屋もとんかつ業態の「松乃家」、「松のや」「チキン亭」のほか、鮨、ラーメン、カフェなどの業態を試しているし、”変わり牛丼”で知られるすき家も、コーヒーやからあげなど丼以外のメニューを投入している。

 日本の牛丼は、大衆に合わせて価格と味を研ぎすませ続けた”完成品”だ。だからこそ国民食といえるまでに広く浸透した。だが、それゆえ業態の見直しを迫られているのはなんとも皮肉な話でもある。九州で炊き出しを行うキッチンカーの姿を報道で目にするたび、その一杯に込められた心意気に胸が熱くなる。