『ニセモノの妻』三崎 亜記 新潮社

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 三崎亜記という作家を形容するのに、「とらえどころのない」「不穏な」「不条理な」あたりは欠かせないキーワードではないだろうか。とにかく初手から謎めいた作家という存在感が確立されていた(私など、著者の写真を見ても男性か女性かわからなかったくらいだ)。似たような感じの日本人作家をすぐには思いつかない。ジョージ・ソーンダース(『短くて恐ろしいフィルの時代』)とかバリー・ユアグロー(『一人の男が飛行機から飛び降りる』)とかが近いかな...。岸本佐知子氏が好んで翻訳される奇妙な味わいの短編などにも通じるかもしれない。

 本書に収められている4編も、三崎テイストを存分に堪能できる作品ばかりだ。一部の地域住民から強硬に建設を反対されていたマンションに住み始めた若夫婦の戸惑いを描く「終の筈の住処」。一人の人間とまったく同じ「ニセモノ」が突然出現するという感染症によって、妻が彼女自身についてホンモノかニセモノか確信を持てなくなってしまった表題作。両者とも「坂愛好家」同士の夫婦でありながら愛好の度合いに温度差が生じ、妻が坂を封鎖する活動にのめり込んで行くのを止められなかった夫が主人公の「坂」。降って湧いたように出現した謎の断層により家族と引き離された人々の苦悩を追う「断層」。

 個人的には「坂」のストレートに希望の持てるエンディングが心に残った。私がこれまで読んできた限りでは、三崎作品はそのシュールさにもかかわらず決定的に後味の悪い結末はほとんどない気がするけれども、かといって手放しのハッピーエンドも記憶にないからだ(まあ「坂」も、「いや〜、八方丸く収まりましたなあ!」という感じではないが)。とはいえ、前述のように設定に関してもやはり相当ひねりが効いていて、そういったツボも見逃せない。愛情が高じて「坂」をバリケードで封じ、"誰も通行できなければ、それは「坂」ではなくただの斜面だ"というぶっ飛びの主張を繰り広げる「坂愛好家」の急進派。"『坂』であると見なされない以上、市役所としても手出しはできない"と「THE お役所仕事」的な対応をしてくる「坂課」の担当者。占拠された「坂」を「上り坂」と考えるか「下り坂」と考えるかといった些事に囚われたりして、有効な解決策を見出せない穏健派。と、それぞれの立場を書き出しただけでも、おかしみと不気味さがジワジワと胸にしみてくる。折り合いをつけることが果たして可能なのかと危ぶまれたこの騒動には、意外な形で終止符が打たれることに...。

 「坂」以外の3編もいずれも魅力的な作品。どんなに周りからは奇妙に見えようとも自分の生活はかけがえのないものであるということが、強く胸に迫ってくるものばかり。「断層」の主人公夫婦のバカップル的やりとりも、本人たちにとってはきっと大切な日常の一コマなのだろう(「あの三崎亜記がこのような台詞を考えたのか...!」とびっくりされるのでは)。『となり町戦争』(集英社文庫)で鮮烈なデビューを飾ってからもう12年かと感慨深いですが、これからも読者を翻弄する作品を期待しています(できることならエッセイの仕事量も増やしていただけるとうれしい)。

(松井ゆかり)