「無為(自然のまま)」を唱え「小国寡民」(分相応の小さな国)を理想とする老子の思想は、大国を志向した孔子(儒家)とは大きく異なる。春秋戦国時代の争乱社会からすれば、どこか現実逃避的だが、激動の現代世界には相応しい思想ではないだろうか。

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中国の2500年以上も前の古代思想と言えば、道徳、仁義、礼節を重んじ、儒家を創始した孔子がまず思い浮かぶが、「無為(自然のまま)」を唱え「小国寡民」(分相応の小さな国)を理想とする老子の思想は、大国を志向した孔子(儒家)とは大きく異なる。春秋戦国時代の争乱社会からすれば、どこか現実逃避的だが、激動の現代世界には相応しい思想ではないだろうか。

老子を始祖とする道家思想は難解と言われるが、本書は「流れに従って生きる」老子の人生哲学を、身近な例を用いて分かりやすく解説。「儒家は社会的な関係や行動を重視するが、道家はもっと個人主義的で、のんびりとし、自然との関わりが深い」と説く。その上で、精神的にも肉体的にも無理を重ねる現代人へ、「今この時を楽しもう。肩の力を抜いて自然に生きよう」と呼び掛けている。

米国の名門カールトン・カレッジで好評を博した名講義を書籍化したもの。本書に散りばめられた以下のフレーズを、読者は反芻することで、人生の糧(かて)を得ることができる。

「シェイクスピアは『睡眠は人生という宴におけるメインディッシュ』と言った。睡眠中、人は果てしない暗闇に落ちてゆく。昼間の明るさには深い眠りを受け入れてくれるような奥行きはない。睡眠は完全な無為であり体力の回復、翌日の無不為のための準備である」

「正義のために行動するときは、問題を増やしてしまわないよう気をつけよう。そうでなければ何もしない方がましだ。我々は日常生活の中でたくさんの重荷を背負っている。重荷を自分の一部だと思い込みそれを手放して自由になれることを忘れてしまっている」

「過程はゴールよりも美しい。現代の少女は皆お姫様になることを夢見るが、より素晴らしいのは目標を実現する過程である」

「無為というのは、後悔を恐れて決定しないことではなく、川の流れのように絶えず修正することだ」

「我々は自然のままに生きることで無限の世界の静けさを手に入れることができる」
「物質的な楽しみや社会的な評価は外から来るものだが、幸福は内面的なものである。内面的な幸福は薄っぺらな楽しみをはるかに超える」

「パンを手に入れることはもとより大事だが、その美味しさを楽しむことはもっと大事だ」

さらに著者は、「詩には人生でもっとも幸せな瞬間が記されている。詩人は身のまわりに美しいものを見つけると、その情景に呼応する韻律にのせて詩をつくる。あらゆる文化において詩は重要であり、特に中国では三千年間文化の中心だった」と説く。

「人生は自由で楽しいものだ」として奔放に生きた李白を、中国最高の詩人と評価。「李白の詩が魅力的なのは、人生と自然に対し、内面からわき起こってくる喜びがあるためである」と記している。「米同時多発テロ」や「ソ連崩壊」など折々の時事トピックスを絡めて具体的に解き明かす点も、興味深い。

著者のチーグアン・ジャオ(趙啓光)氏は、北京出身で、中国社会科学院大学院で英米文学修士号を、マサチューセッツ大学で比較文学博士号を取得。カールトン・カレッジでは中国文学、比較文学、道家哲学などの指導にあたり、生と死やアジアの歴史を英語で講義、人気を博した。

15年3月、米マイアミでの遊泳中の事故により永眠。著者の実兄で序文を寄せている趙啓正氏は中国・情報大臣や国務院新聞弁公室主任を歴任し、日中友好の旗振り役としても著名だ。評者は、東京や北京で数回取材したが、教養あふれる文人の風格があり、遣唐使など日中交流史について熱く語っていた。(評・八牧浩行)

<チーグアン・ジャオ(趙啓光)著『悩まない心をつくる人生講義』(日本僑報社、1900円税抜き)>