中国国内には、日本のアニメを愛してやまない若者が数多くいることはもはや周知の事実と言っていいだろう。実はそんな彼らには「天敵」のような存在がいる。「日本」と聞くと頭ごなしに痛烈な批判を浴びせかける「憤青」と呼ばれる人々だ。(イメージ写真提供:123RF)

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 中国国内には、日本のアニメを愛してやまない若者が数多くいることはもはや周知の事実と言っていいだろう。実はそんな彼らには「天敵」のような存在がいる。「日本」と聞くと頭ごなしに痛烈な批判を浴びせかける「憤青」と呼ばれる人々だ。

 中国メディア・騰訊網は4月30日、「『憤青』の日本アニメ嫌いをどう見るか」とする記事を掲載。「日本アニメ好き」の立場から、「憤青」の問題点などについて論じている。

 まずは問題点として、「憤青」を自称する人びとは「盲目的な排外主義」という思考が骨身にまでしみ込んでいると指摘。国産こそ正義で、国外文化を好むことは異端と認識し、特に日本については「文化侵略」として拒絶するとした。そのうえで、歴史的に中国が世界に置いて行かれた理由がまさに「鎖国」にあると主張、国内の産業発展の多くは日本や先進国の経験を参考にしたからこそであると論じ、盲目的な排外主義への批判を展開した。

 次に示したキーワードは、「他人の選択は尊重すべき」だ。「各個人の思想はより独立的で自由になることができるというのは、否定できない」とし、日本のアニメを「一生のバイブル」とする若者がいる一方で、日本アニメを「毒草」として嫌う人がいることも認めてやらなければならないと説明。「憤青」が日本のアニメが嫌いならば、その分野に触れなければよく、日本アニメ好きも「憤青」たちに対して感情的に喚きたてる必要はないのだとしている。

 記事はさらに、「適切な『憤青』はやはり必要だ」とも主張。「憤青」とはそもそも、主に現在の事物に対する不満や怒りをネット上や現実にぶちまける人のことであるとし、日本アニメに対してネガキャンを展開するのは「国産アニメはもはや素晴らしいということをみんなに知ってもらいたい」ゆえなのであると解説。「国外の文化を受け入れると同時に、十分な警戒心を保つこと」が自らの使命であると一部の「憤青」が認識していると論じた。

 中国の日本アニメファンと過激な「憤青」による「骨肉の争い」が不毛であることは、言うまでもない。記事からは「憤青」側にも理解を示そうとする努力も伺える。双方が互いの考え方を受け入れることが必要だ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)