常石グループが中国・上海の近くに持つ舟山造船所(写真出典:常石造船)。

写真拡大

三菱重工が2000億円以上の赤字を出すなど、大型クルーズ船の建造に大苦戦。これにより日本から大型客船建造のともしびが消えるのではないか、という危惧があるなか、業界3位の常石造船グループが新規参入を表明しました。海に囲まれた日本の船造り、いま、ひとつの転機を迎えているかもしれません。

日本で業界3位の企業

 広島県に本拠を置く常石造船グループが2016年4月、客船事業参入の意向を明らかにしました。2020年の就航を目指し、乗客数400人、3万総トン級のクルーズ客船を建造することを軸にしたものです。三菱重工の苦戦によってともしびが消えるかもしれないと懸念された日本の大型客船建造事業が、これにより新たな局面に入るかもしれません。

 常石造船は広島県福山市に本社・造船所を持つ、いわゆる「専業造船会社」です。中国・浙江省の舟山市とフィリピンのセブ島に、それぞれ大型外航船に対応する造船所を展開。それらを含め、日本の造船企業で業界第3位の新造船建造量を誇ります。

「専業」というのは、三菱重工や川崎重工のように様々な重工業を展開しているわけではない、という意味で、業界内において使われている言葉です。常石グループは、祖業ともいえる神原汽船(外航海運会社)や農業、南米ウルグアイでの河川輸送、リゾートホテル、ヨットマリナーなど多角的な構成で、新規の事業開発にも意欲的です。

 その常石がグループ全体のノウハウを集めて取り組もうとしているのが、今回の「豪華客船事業」。すでに2015年12月、上海で開かれた「マリンテックチャイナ」という海事展で、「Tsuneishi Group Luxury Cruising Ship」として豪華客船建造に進出する計画を表明していましたが、2016年4月、日本でもその意向を正式に明らかにしました。

 建造を担当するのは、操業開始から8年が経ち、すでに150隻近い建造実績を上げている、同グループが中国に持つ舟山造船所。本社の設計部門、調達部門、グループ会社からの応援を得て、詳細なクルーズマーケットの市場調査などに入っています。

ある「ショック」がいま、日本の造船を萎縮させている?

 先述の通り、三菱重工はドイツ・AIDAクルーズ社向け客船「AIDA Prima」(12万5000総トン、乗客定員3300人)の建造に大苦戦。納期は1年遅れ、赤字は2376億円にもなりました。そのため今後、同社がそうした大型客船の建造から撤退するのではないか――すなわち、海に四方を囲まれた日本から大型客船建造のともしびが消えるのではないか、という危惧があります。現在、日本で大型の客船を建造しているのは同社のみです。

 三菱重工がそのような事態に陥った理由として、「AIDA Prima」の建造が「巨大船の船上に遊園地を造る」ようなプロジェクトだったことが挙げられます。そうしたタイプの客船建造経験が少なかった日本の造船業にとってそれは、「想像を超えるような取り組みだった」としても過言ではないものでした。

 そう考えると今回、常石グループが客船事業へ参入することに対し、先行きを心配する人がいるかもしれません。しかし、同グループが想定する船型は高級志向の3万総トン級。6万総トン以下の客船、しかも高級タイプの客船では、船社にもよりますが、ショーなどの船上イベントも控えめで、客室に関してはホテルの発展型で対応できるともされています。つまり三菱重工が手がけた、船上に遊園地を造るような12万5000総トンの「AIDA Prima」とは状況が大きく異なるのです。

 常石グループの事業開発担当者は、「『あなたのとこは大丈夫ですか?』とよく聞かれます」と苦笑します。いま“三菱ショック”が日本の造船所を過剰に縮こまらせているのかもしません。

 客船事業は常石にとって、グループの神原汽船が昭和30年代に取り組んだこともある長年の悲願。常石が行ったこのたびの発表は、ついにそれを実現するという意味のほか、日本市場向けの新たな客船の登場も予感させるものです。これにより「日本の客船事業」自体、新しい展開に入っていく可能性があるでしょう。