華やかなイメージをもたれ「慶応ガール」と呼ばれていた慶応卒の女性を描いた群像劇、『慶応ガール、29歳』の連載が終わった。

好評を博した「慶応ガール」だったが、陸の孤島“四ツ谷”に聳えるイグナチオ教会を擁する上智大学卒の通称「ソフィアン」たちは、どのような一生(大抵ここで紹介するのは30歳半ばの女性のため、半生)を生きるのであろうか。

様々なグラフィティを描くそれぞれの肖像、紐解いてみよう。



<今週のソフィアン>

氏名:真美
職業:外資系証券会社バックオフィス
出身:ニューヨーク
学部:文学部英文学科
高校:ICU高校
年収:800万
住居:広尾の戸建(を婚約者と購入予定)
趣味:メルカリ




<19歳の余裕>


「真美ってさー、社会人デビューだよね。」と心おきない友達に言われる。

真美は別にダサかったわけでも地味だったわけでもないが、帰国子女としての自我があまりにも強かったせいか、ルックスにそれだけエネルギーを注がなくてもそれなりに彼氏もいたし、友達の間でも引けをとらなかった。とびきりかわいい秋田出身の理沙に連れられて、社会人との合コンに顔を出してはタクシー券や現金を片手に帰るという華やかな学生生活を過ごしていた。

よく【幹事マックスの法則】と言われるが、「ソフィアン」たちには当てはまらないように感じる。はっきりいって自分より劣る人々を連れて合コンになんて行けば二度とお呼びがかからなくなるし、長い目で見ると愚策でしかない。

特に東京に生息する女子は、顔の造作はともかくとして、”美”に重きを置く女たちはみんな美人の類に入る。肌理(きめ)細やかさ、髪の艶、ふくらはぎの細さ、二の腕のしなやかさ、指の細さ、とにかくぬかりなく整えれば、不美人にはならない。「手抜きメイクとナチュラルメイクを一緒にするな」、と誰かが言っていたが本当にその通りだと思う。

例えば合コンでミスユニバース系美人が集まってしまった場合、それはミスコンの花道(女性サイド)vs ほか観客(男性サイド)という構図になってしまう。そのせいでお互い気を使って、なんとなく一次会で解散という流れになりがちである。

しかし『AKB48』のようになんとなく華やかでキャピキャピしていて(数の暴力ともいう)、男たちがお金さえ払って満足させてさえいれば、文句も言わずジャッジもしなさそうな女たちの方がはるかに男を幸せにするではないか。

可愛い女の子とつるむのが好きな真美は、芸能人がコンパをするときに必ず呼ばれるようにもなっていた。西麻布の『VERANDA』の隠し部屋や『游玄亭 西麻布本館』で食事をして、そのあとカラオケ、というのが定番コースだった。

初めてコンパに参加しカラオケに連れていかれたとき、周りの下っ端たちがいつまでも自分から曲を入れず、歌おうとしない真美を担いでステージまで連れて行き、無理やり歌わせようとした。

そのとき真美は嫌がるそぶりも見せず(事実、その会を主催した大物と話に夢中になっていただけだった)、マリリン・モンローの“I Wanna Be Loved By You”を完コピして歌った。歌詞も声も振付も、完璧に。

流行りの女性歌手の曲を自己陶酔しながらうまく歌うことなんて、サークルの同期の男には惚れられても、手練手管の男には叶わないことを私たちは知っている。

特に絶対誰も歌わないけれど、みんななんとなく知っている曲でウケる曲だと、異性だけでなく同性にもウケがいい。グループアクティビティにおいて”オンナ”を主張する女をガールズたちは警戒し、えてして獰猛な感情としてすぐに顕在化する。

とにかく、そのとき「君、本当に素人なの?」と大きく手をたたきながら喜んでくれたその会の主催者だった大物芸能人は、それからずっと色々な会に真美を呼び続けた。モテる人種の宿命として、男と女であることの戦線離脱を初期の頃からふたりは主張し、意気投合した。煩わしさから解放された今、ふたりで食事をすることもある。

セックスを女のツールでなく結果としか捉えない男脳の真美は、“都合のいい女”なのだろうか?

「セックスしたからって、何かを求めるのも求められるのも可笑しな話でしょう。セックスが介在しようがしなかろうが、どうしても欲しいものなら、手に入れられるはず」

現に、真美はそうする女だった。


そんな真美が卒業後、就職した先とは……?


〈23歳、向かうところ敵なし〉


父親の仕事の関係でアメリカのニューヨーク州に生まれ、現地のミドルスクールを卒業するまでずっと海外で育った真美は、もちろん英語はペラペラで上智大学へも帰国子女枠で入学した。

英語は得意というより日常語であったので、あまり勉強しなくてもいい成績がとれ、成績がよければいい企業に就職できるという企みで、真美は文学部英文学科を受験した。

彼女の3歳年上の早稲女の姉が、当時付き合っていた恵比寿に住む羽振りのいい外資系証券マンの暮らしぶりを見て、就職は外資系証券会社の業界のみを集中的に受けた。

その結果、米国大手のメガバンクグループの証券会社に内定が決まった。

同期の中では新卒1年目にして現在の父親の年収を超えたと豪語する東大卒の投資銀行部門の人がいた。真美もバックオフィスの仕事ではあったが平均より大分余裕のある生活ができるようになったので代々木公園で一人暮らしを始め、年に数回海外旅行に行っては、自由奔放な暮らしを手に入れた。



デリバリー・バーサス・ペイメント。真美の仕事でしょっちゅう使う言葉だ。証券決済に携わると株券とそのお金を同時決済することだ。そうすれば株券はもらったけれどもお金が支払われないというクレームを防ぐことができる。

現実は逆だ。

着実に上がって行く年収とキャリアを享受しながら、若さと引き換えなければいけない現実の残酷さに、真美はそろそろ気づき始めていた。


〈28歳の焦り〉


真美がセックスに重きを置かないというのは、彼女がただのプレイヤーだからというわけではない。むしろ逆だ。西麻布界隈で行われていた華やかな合コンは、“出会い”を求めて行くのではない。刹那的な快楽のためだけである。

真美は恋すると毎回本気だった。

だからこそ、不誠実が服を着て歩いているような人たちとプライベートで付き合うなんて、人生を棒に振る覚悟がないとできない。彼らが真美に発する「愛している」は、「お腹空いたね、なんか食ってく?」くらいの意味しかないのである。

真美は、もちろんキャリアは大事だし専業主婦になりたいと思ったことは一度もなかったが、キャリアを優先してまで恋愛を犠牲にするタイプではなかった。彼氏ができれば尽くすし、上手に甘えた。彼氏が19時にディナーをしようというと、仕事が終わっていなくても19時までに肌も髪も完璧に整え、連れて歩くのが恥ずかしくないようにした。

真美には銀座、品川、恵比寿、新宿、赤坂に20分で髪を巻き髪にしてくれて2500円というサロンのリストが常時、頭の中に入っている。その代わり、午前2、3時には起き出して仕事を終わらせ、7時にはふたりの朝ご飯を用意した。

彼氏がいないときはクラブで出会った“男友達”と会って女に生まれてきた喜びを忘れないように心がけた。“男友達”と言っても、ちゃんとお付き合いしたこともある。でも2か月で終わってしまったり、友達以上恋人未満のだらだらした関係が半年以上続くことも度々あった。そうこうしている間に、周囲はどんどん結婚をしていく。

すこし勝気な性格で、日英西中のクワトロリンガル、収入も平均より高めの女子は、それなりの男性でないとデートに誘われても及び腰になる。

だけれども自信のある男性はもっと若くてとびきり美人な子とお付き合いをするのだ。勝ち目がない。自分が男に生まれていたらどんなにモテたことかと母の胎盤を呪う真美だった。

つい先日もこんなことがあった。

「飲みに行きませんか」との誘いから「お店任せるから選んでおいて」という流れになり、最近女子会で使ってお気に入りの『フラムセーヌ ステックキュイジーヌ』を予約しておいた。店で待ち合わせたその男は開口一番に、「俺あんまり来ないな、こういうところ。」といわれ、メニューを見て言葉少なになった。「私も、たまにかな。」と真美は調子を合わせた。「赤提灯系も、すごく好きだし、よく行くよ」

真美は実際、B級グルメも好きだ。でもせっかく……。

せっかく、こういうところに来ているのにB級も好む、という会話に合わせなくてはいけないのはどうしてなんだろう。

高級レストランばかりが好きなわけでもない。

こんな高い店を選んだ女、というふうに思われてしまうの?舌だけ肥えたアラサ―だと?

「高級レストランに行かなくても、あなたとなら赤提灯で幸せ」という話でなく、コスパ重視の赤提灯も選択できるし、雰囲気重視の高級レストランも同列で選択するというバリエーションの話にならないのが悲しかった。安くて汚くてうまい店だって好きだし、高いか安いかでだけで、決めつけないで欲しかった。

お会計を店員から渡されたとき「お店、私が選んだから払うね」といったら「あ、じゃあ俺次払うよ」といわれ、2万7000円の全額、真美が払うことになった。

もちろん、次のお店はふたりで1万円もかからないお店だった。


32歳。「肉会」がきっかけだった転機とは……?




〈32歳の転機〉


ジミー・チュウの脚筋がキレイに見えるパンプスを履いて、プラダのシンプルなバッグを片手に足早に丸の内のオフィスを後にして神田へと向かった真美。

駅で友達と待ち合わせて『正泰苑』の総料理長が独立して作った焼肉店『金山商店』へ入店した。高すぎず味は一流なのに、食べログ評価が異常に低いことでも知られる店だ。

本日は決戦の肉会!

肉会というアプリで友達の千春とペアになって男性2名に焼肉をおごってもらうオファーを出していた真美たちは、店に入り予約の名前を伝えた。そこで待っていたのは長身の誠実そうな男性。名前を直樹と名乗り、「あ、年齢も必要ですよね。36歳です。」と照れくさそうに付け加えた。直樹は外資系大手金融機関に勤めているトレーダーだったため、真美とはすぐに意気投合した。


〈33歳のダイヤモンド〉


「真美ちゃん結婚しよう」

ずっとずっと夢にまでみていた言葉が、直樹の口から発せられたのは付き合って10カ月目の時だった。

毎日身に着けるからとおねだりしたハリーウィンストンの0.8キャラットのVVS1ダイヤモンドが真美の瞳と同じくらいキラキラと光っていた。

「広尾に戸建てを買うことにしたの。」と真美は六本木の『フレンチキッチン』で季節のスープを飲みながら言う。金融マンの直樹がこのマイナス金利時代に家賃を払っているのが馬鹿らしいから一刻も早く家を買ってローンを組もうと言いだしたそうだ。

“港区在住・年収3,000万円以上バツなし、しかも誠実(ここがいちばん難関)な独身男性”を射止める確率は、昨今宝くじを当てるのとほぼ同じ確率と言われているこの時代。真美は自身で理想の生活を送りながらも、手にいれたのだ。

計算していたのかって?

計算は…していなかったとは思うが、ほぼほぼそれらしい着地をするのがソフィアンレジェンドなのである。