中国経済の成長を背景に、中国の国民は年々豊かになっている。国外を旅行で訪れる中国人も増えているが、それにともなってマナーをめぐる問題が世界各国で起きている。(イメージ写真提供:123RF)

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 中国経済の成長を背景に、中国の国民は年々豊かになっている。国外を旅行で訪れる中国人も増えているが、それにともなってマナーをめぐる問題が世界各国で起きている。

 香港メディアの鳳凰網は1日付で、国外を訪れる中国人旅行客に対して「常にゴミ袋を携帯せよ」と訴える記事を掲載。ゴミのポイ捨てを慎むように説く内容だが、こうした行動には単に環境を美しく保つこと以上に、「個人の民度を向上させる」という非常に重要な意義があると論じている。

 中国人には場所を問わずゴミをポイ捨てする悪習があるが、記事はこの対策として「ゴミ箱の数を増やせば環境を美しく保つことができる」という考え方があると紹介。しかしゴミ箱の数が少ないことは確かに問題になるが、真の問題は中国人1人1人の民度にあると指摘した。

 この指摘の論拠として、日本の習慣を紹介。日本の街中ではゴミ箱を見かけることがほとんどないうえに、中国でよく見かける街の清掃に常時従事する清掃員も存在しないと指摘。それでも日本の街中でゴミが落ちていないのは、ゴミ箱の数の問題ではなく、「日本人はみなゴミ袋を持参して外出し、自分のゴミは持ち帰って処理するため」であると説明している。

 さらに、日本の社会にはゴミのポイ捨てを譴責する雰囲気が形成されていると指摘し、日本人1人1人の、また日本社会の民度を高く評価した。だが、日本人がみなゴミ袋を常時携帯しているという表現はやや誇張があり、中国や香港の読者の誤解を招きそうだ。

 記事が言及している「中国の清掃員」は中高年層の男女がその担い手となっており、1つの職業として成り立っている。中国ではどの街でも見かける存在であり、立派な仕事だが給料は安く、中国における社会的地位はかなり低いのが現状だ。日本の場合、ボランティアが街のゴミを拾う場合があるが、そうした人びとは社会から高い評価を受ける。

 こうした点からわかることだが、日本には街を美しく保つ行為に対して敬意を示す文化が存在するが、中国には存在しないことが分かる。それはもしかしたら日本人は環境の清潔さと心の清潔さとを結びつけて考える文化を有しているからなのかもしれない。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)