左・安倍晋三公式サイト/右・右・フジテレビ『 ワイドナショー』番組ページより

写真拡大

 熊本大地震の影響で放映休止になっていた安倍首相出演の『ワイドナショー』(フジテレビ)が今日、5月1日に放映された。

 ネットニュースやスポーツ紙はさっそく、MCの松本人志をはじめ出演者たちと安倍のやりとりを嬉々として報じている。安倍がHKT48の指原莉乃のことを「(出演者のなかで)一番、政治家に向いている」と評したとか、昭恵夫人と社会学者の古市憲寿がよく会っていることをもちだして、「古市さんなら安心、松本さんだと安心できないけど」と言ったなどと、大騒ぎだ。

 しかし、メディアはそんなどうでもいいような話題で盛り上がる前に、もっと根本的なことを問題にすべきではないのか。

 熊本大地震が起きてからまだ2週間しかたっていない。インフラは復旧したものの、余震はまだ続いており、3万人近い被災者がまだ、避難所や車での寝泊りを強いられ、地元自治体の職員が不眠不休で復旧に取り組んでいる。

 バラエティをずっと自粛しろ、と言うつもりはないが、安倍首相は一国の総理であり、震災復旧の陣頭指揮に立つべき最高責任者だ。そんな人物が、こんな時期に、こんなヘラヘラした笑顔で芸能人とじゃれ合っている姿を公の電波を使って流していいのか。

 言っておくが、17日の『ワイドナショー』放映延期は官邸からの申し入れによるもので、逆に、今回の放映も官邸の許可なしには絶対できない。しかも、驚いたことに、放映はむしろ官邸の方が積極的だったという。

「こういう情報番組はその日に休止すると、扱っているニュースが古くなってしまうため、そのままお蔵入りするのが普通。ところが、今回は官邸から『ぜひ、延期してでも放映してほしい』という話がフジにあったようです。なんでも安倍さんがすごく収録内容が気に入っていたらしいんですね。それで、ギリギリ古くならないタイミングで、5月1日放映ということになった」(全国紙官邸担当記者)

 安倍首相の熊本大地震への他人事感、被災者に対する冷淡さには今更ながら、唖然とさせられるが、しかし、この日の放映を見ると、政治的パフォーマンスのことしか考えていない総理大臣が、『ワイドナショー』の収録内容を「すごく気に入って」「どうしても放映してほしい」と考えたのもうなずける。

 とにかく、最初から最後まで、驚くくらいの安倍ヨイショ一色、安倍首相に言いたいことを言わせる完全な"PR番組"としか思えない内容だったのだ。

 番組は、いつものように、その週の(正確には2週間前の)話題を取り上げていく。安倍首相の「桜を見る会」、バトミントン選手の違法カジノ不祥事、千葉県の保育園建設断念、外国人観光客の急増......。ところが、それがことごとく、安倍政権の政策や政治的業績のPRにすりかわっていく。

 バドミントン選手の違法カジノ事件では、なぜかカジノ合法化問題になり、安倍「シンガポールとかマカオもそうなんですが、IRといってですね、総合型レジャーセンターとして作って、大きな成功を収めているんですね」と、安倍政権のカジノ合法化への取り組みを語り始める。

 千葉県で起きた保育園建設をめぐる住民との騒音トラブルでも、本来は国の取り組みが問題にされるべき話なのに「安倍政権としては3年間で30万人分の保育の受け皿を作ってきたんです」と自慢話を語り始め、最後は、指原ら女性出演者を指し示して「こういう女性が輝く社会を作りたいと思ってます」と締める、それを受けて、指原が大喜びするというオチだ。

「桜を見る会」や「外国人観光客の急増」はいわずもがな。とにかく、明らかに安倍首相がPRしやすいような話題を選び、それを事前に官邸に教え、アピールさせているのがミエミエなのだ。

 後半の安倍首相への質問タイムも同様だ。たとえば、指原は「ネットで悪口言われることが多いんですけど、それを法で規制してくれませんか?」というありえない質問をし、東野幸司は「首相はいらちじゃないですか」という質問をしていたが、これらは明らかに安倍に批判やヤジへの反論をさせるための呼び水として用意されたものだった。

 しかも、安倍が話し始めると、批判や反論は一切なし。松本人志をはじめ、全員がその言葉に大きくうなずき、たいした冗談でもないのに大笑いしてみせる。で、気を良くした安倍がさらに、「おれ、バラエティのトークもいけるでしょ」的なドヤ顔で、面白くもない冗談を連発し始める。そう、言ってみれば、酒場で会社のワンマン上司を取り巻き社員が接待している風景とそっくり同じ光景が延々展開されていたのだ。

 そして、この"安倍サマ接待番組"で、一番、接待モードが露骨だったのが、松本人志だ。

 冒頭から、「本番前に挨拶できなかったんで、むかっ腹が立ってるみたいなことはないですか?」などという卑屈なギャグを飛ばしたのを皮切りに、とにかく、異常に緊張しながら、ひたすら安倍首相をもちあげ続ける。そして、「松本さん、安倍首相に質問は?」とふられると、「えーなんやろなんやろ」と慌てながら、こんなことを口走り始めた。

「僕やっぱりあのー、おじいちゃん子だったんですね。で、小学生ぐらいのときにまあ僕のおじいちゃんは亡くなったんですけど、でもおじいちゃんのことが大好きで、やっぱりおじいちゃんたちが守ってきたなんかこの日本ていうのが僕はやっぱり大好きなんですよ。ついつい人は未来のことばっかり言うんですけど、でもなんか過去の人たちが今の日本を見たときに、ああよかったなあ、がんばっただけのかいあるなあて思ってもらわないと、これはもう未来なんてないと思うんですね。だからなんか僕はこう......なんつーんですかね、どこの国にも指図されたくないし、もうどこの国にも謝ってほしくないなって思うんですよ」

 なんだろう。このネトウヨでも言わなさそうな頭の悪い発言は。松本が最近「正論」(産経新聞社)で絶賛されるくらい右ぶれしていることは知っていたが、しかし、松本の芸人としてのスタンスからすると、そういう思想をもっていたとしても、目の前の人物に露骨に迎合するような言葉をテレビで発言するなんて恥ずかしいことは、ありえなかったはずだ。

 おそらく、松本人志という芸人は想像以上に、権力に対して弱いポチ体質をもっているということなのだろう。実際、松本は安倍首相が退場するとき、座ったまま4回ほど頭を下げた後、最後にさらに立ち上がり、90度体を追って深々とお辞儀していた。こんな礼儀正しい松本は見たことがない(ちなみに、他の出演者は1〜2回頭を下げただけだった)。

 しかし、今回の『ワイドナショー』については、テレビの世界で王様のようにふるまっている芸人の権力迎合体質をからかってすむような話ではない。

 当サイトが指摘してきたたように、安倍首相の『ワイドナショー』出演はもともと、北海道補選のテコ入れのために、投票一週間前の4月17日に放送しようと仕掛けられたものだった。

 一方で、自民党は2014年末の総選挙時、アベノミクスの効果を実感しないという街頭インタビューに安倍首相が激怒し、在京テレビキー局に対し"公平中立ならびに公正な放送"を要請する文書を送りつけている。

 それが、今回は、選挙期間中に自民党党首である総理が野党の同席もなく単独でテレビに出演し、人気芸能人たちとイメージアップのためのトークを繰り広げようとしたのだ。これこそが明らかにテレビ局の"公正中立"に反する行為だろう。

 しかも、フジと官邸は大地震が起きたことで、放映を急遽中止したはずが、わずか2週間でこの偏った露骨な首相接待番組を放送した。

 ところが、そのことを誰も批判しようとしない。『報道ステーション』(テレビ朝日)や『NEWS23』(TBS)がほんのすこし政権の批判をするだけで「偏向報道」と騒ぎ立てるのに、ただ「安倍首相が松ちゃんにこんなことを言った」というニュースと嬉々として報道するばかりだ。

 今回の出演で、安倍首相と官邸は『ワイドナショー』を『そこまで言って委員会NP』(読売テレビ)や『情報LIVEミヤネ屋』(日本テレビ)に並んで自分の応援番組になると認識したはずだ。そして、これから先、何か大きな政治的PRを仕掛けたいときは、必ず登場するようになるだろう。そのたびに、松本との馴れ合いの会話を繰り返し、ヤフーニュースになり、それが世論の地ならしに役割をになっていく。本当にこの国のメディア状況はどうかしているとしか思えない。
(野尻民夫)