第60回:モンゴル人力士の「父」

横綱が相撲界に入るきっかけを作った
大阪の物流会社『摂津倉庫』の浅野毅会長が亡くなった。
モンゴル人力士の父親的な存在であり、
横綱の"恩人"でもある会長をしのぶ......。

 去る4月14日に発生した熊本地震。被害に遭われた方々には、心からお見舞い申し上げます。

 地震が収まることなく、まだまだ落ち着かない日々をお送りのことと思いますが、1日でも早く普段の生活を営むことができること、また心身の疲労が回復されますことを、今はただただ祈るばかりです。それは、力士会会長・日馬富士関以下、力士会全員の思いです。

 2011年3月11日、東日本大震災が起こったとき、相撲界は不祥事による春場所(3月場所)中止という事態の真っ只中にありました。そのため、ニュースで大震災の実態が伝えられる中、「私たちは力士として何ができるのか?」ということをずっと考えていましたが、実際に活動が許されるまで多少時間がかかってしまいました。

 あれから5年、東北地方を中心とした被災地の方々の悲しみや苦しみは、時間の経過によって癒えるものではありません。力士会としては、子どもたちに元気を出してほしいという活動を継続しています。

 そして、今後の被災地の支援について「どんな活動をしていくべきか」ということは、春場所後の春巡業中、日馬富士関とずっと相談していたところでした。ちょうど私が6年間務めてきた力士会会長を退任し、4月から日馬富士関が新会長に就任したからです。

 その矢先に起こったのが、熊本地震でした。奇しくも、4月14日は日馬富士関の誕生日。東日本大震災当日は、私の誕生日でした。そうした偶然には驚くばかりですが、その分、忘れることのできない日となりました。だから余計に、私たち横綱が中心となって、さまざまな活動をしていかなければいけないと思いましたし、その使命を果たすことを心に誓いました。

 取り急ぎ、先日の力士会では、力士全員で熊本の方たちに義援金をお送りすることを決めました。また、4月29日に行なわれた横綱審議委員会による稽古総見では、一年に一度の一般公開日だったこともあって、三役以上の関取衆、熊本出身の力士たちで募金活動をさせていただきました。少しでも熊本のみなさんのお役に立てればと思っています。

 その最中、今度は私の恩人とも言える方の訃報が飛び込んできました。私が相撲界に入るきっかけとなった場所、大阪『摂津倉庫』の浅野毅会長です。

 そもそも、私は「力士になりたい」という野望を持っていたわけではありません。15歳で初めて日本にやって来たときもそうでした。

 実は当時、相撲界ではモンゴル人力士の一期生である、旭天鵬関(大島親方)や旭鷲山関が大いに活躍していました。私は、おふたりの姿をテレビ観戦で見て、憧れていたのです。私に限らず、おそらくその頃のモンゴルの少年たちは、みんなそういう感覚を抱いていたと思います。

 それで単に、私は「一度は日本に行ってみたいな」と願っていて、そのチャンスが巡ってきたのが、15歳のときでした。2000年の秋、モンゴルの力士志望の仲間たちと来日し、そのときに相撲の基礎を教わったりしながら、寮での生活までお世話になったのが、摂津倉庫でした。

 そしてその間、何かにつけて私に声をかけてくれたのが、浅野会長でした。一緒に来日した仲間たちが次々に相撲部屋の親方たちにスカウトされていく中、当初力士志望ではなかった私もさすがに落ち込み、「自分には才能がないのかぁ......」と悲しい思いをしているときでも、常に気にかけてくれました。

 結局、体重60kgとやせっぽちだった私は、どの部屋からも声がかかることなく、モンゴルへ帰国することが決まったのですが、帰国前日、宮城野部屋から入門の機会を与えてもらいました。一転、力士になることを決意した私は、帰国することを取りやめました。すると、浅野会長が尋ねました。

「これから(相撲界で)やっていけるか?」

 それに対して、私は「ハイ」と答えました。胸がいっぱいになりながら、そう返事したことは今でも鮮明に覚えています。

 運命が動いた瞬間でした。このとき、モンゴルに帰国していたら、今の「横綱・白鵬」は存在しませんからね。

 それからしばらくして、私の入門に際して、浅野会長がいろいろと動いてくださったことを聞きました。それだけに、毎年春場所のために大阪入りすると、まずは浅野会長の顔を見に行っていました。私だけでなく、浅野会長はモンゴルからやってきた力士たち全員の父親のような存在でしたね。

 その会長がここ数カ月、体調を崩されていたのでとても心配していましたが、ついに帰らぬ人となってしまいました。私にとって、『摂津倉庫』相撲部の土俵はまさに相撲の"原点"でもありますし、そこでお世話になった会長が亡くなられたことは、本当に残念でなりません。

 それにしても、人と人との出会いというのは、不思議なものです。私は、浅野会長との出会いによって、新たな道が拓かれました。そして今なお、私はその道、相撲道に励んでいます。これには、感謝の気持ちしかありません。

 さて、5月8日からは大相撲夏場所(5月場所)が始まります。先場所、36回目の優勝を果たした私は、久しぶりに東の正横綱となりました。それだけでも、気持ちが引き締まります。

 一方で、初場所(1月場所)で初優勝を飾った大関・琴奨菊に、その琴奨菊に刺激を受けた大関・稀勢の里と、ふたりの日本人大関も気合いがみなぎっているようです。横綱審議委員会の稽古総見でも、ともに積極的に申し合い稽古を重ねていましたからね。近いうちに日本出身横綱の誕生なるか、期待が膨らみます。

 他にも、新三役の勢、前頭2枚目まで番付を上げた新鋭の正代など、注目力士がたくさんいます。今場所も見どころ満載の大相撲。ぜひ楽しんでいただければと思います。

 そのためにも、私は先場所に引き続いての優勝を狙って、一層盛り上げていけるよう、がんばります。

武田葉月●構成 text by Takeda Hazuki