「中国人は謝らない」と感じる日本人は多いのではないだろうか。しかし、実は中国人の中にもそれを実感している人がいるようだ。浙江農林大学の沈夏艶さんは、中国人が謝れない理由について、作文につづっている。

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「中国人は謝らない」と感じる日本人は多いのではないだろうか。しかし、実は中国人の中にもそれを実感している人がいるようだ。浙江農林大学の沈夏艶さんは、中国人が謝れない理由について、作文に次のようにつづっている。

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人間は他者に迷惑をかけながら生きていくものだ。だが、困るのはそのことを認められず、迷惑をかけた相手に謝れないことである。中国人はいつも謝るべき時に謝れない。

ある日、犬を連れて家の近くをぶらついた。見通しが良くない狭い道を通った時、曲がり角で急にすごい速さのバイクが私の目に飛び込んできた。避けようとしたが避けきれずに、私の犬はバイクにぶつかってしまった。バイクに乗っていたのは60歳位の老人だった。倒れた犬にちらりと目をやり、何も言わずバイクに乗って逃げようとした。

「待って!『すみません』も言わないで逃げるの?」。私はかんかんに怒った。「俺のせいじゃない!おまえのせいだ!避けられたのに!」。老人は謝るどころか、逆に私を責めた。本当に頭がおかしい!こんな人がいるのだろうか?「いい歳をして、こんなひどいことをして謝ることも知らないなんて情けない!」。私がそう言うと、その老人は顔が真っ赤になった。悪いのは自分だとわかっているが、若者に謝るなんて恥ずかしくて、謝ったら賠償を請求されるかもしれない。それで平静を装いながら黙った。私がどんなに怒っても、意地を張って謝らなかった。結局、警察官に迫られて、彼はやむを得ず謝った。

もし老人が心から謝ってくれたら、私はそんなに怒らなかっただろう。いわゆる「面子」のため、または賠償の責任から逃げたいため、「すみません」という簡単な言葉も言えなかったのだ。考えてみれば、彼のみならず、多くの中国人が謝るべき時に謝れない。勝手に列に割り込んだり、他人の足を踏んだりして、まるで自分と関係ないように立ち去る。中国人は基本的な「謝るマナー」も身に付いていないという印象は、世界の人々の頭に深く残っている。

中国人が謝れない原因は伝統的な「面子の文化」による。中国の子供は小さい頃から親に「人の前で恥をかかないようにしろ」と注意される。それは最初の芽として中国人の胸に植え付けられる。大きくなるうちに、その意識は一段と強くなる。中国の作家・林語堂氏は「中国人にとって面子は何より重要だ。憲法よりも尊重されている」と言った。林氏の言う通り、中国人は謝ろうものなら自分の尊厳を傷つけられる気がする。謝ったら自分の非を認めたも同然だ。すると賠償も要求されるかもしれない。つまり自分の利益を守るために謝れないのだ。

それに関して、日本人はよくできている。他人に迷惑をかけたと思ったら、いつもきちんと謝る。例えば、転んで他人の助けを受けた時、中国人は「ありがとう」と言うが、日本人は必ず「すみません」と言う。この現象は中国では「日本の謝罪文化」とされている。日本人にとっては、謝罪するのは面子を顧みないことではなく、相手の自分に対する悪い印象を変え、面子を取り戻す最も有効な手段なのだ。なぜなら、日本では明らかに自分に非がある場合、「謝らない人」より「謝る人」の方が尊敬されるからだ。日本人は小さい頃から、家庭でも学校でもこう教育されるそうだ。中国にもかつてはそういう観念があった。だが、今の中国人はそれが薄くなってきているようだ。

中国は急速な経済発展により国際的な存在感が高まった今こそ「謝るマナー」を取り戻すべきだ。「謝ったら面子が失われる」などという心配を捨てて、自分の責任を認め、勇気を出して謝ろう。頭を下げるのは時に、他人の尊敬を得る最大の方法になるのだから。(編集/北田)

※本文は、第十回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「『御宅』と呼ばれても」(段躍中編、日本僑報社、2014年)より、沈夏艶さん(浙江農林大学)の作品「『謝るマナー』を取り戻そう」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。