極私的! 月報・青学陸上部 第1回

「今のペース!28分台望みあるから」

 瀧川大地コ−チの声が飛ぶ。梶谷瑠哉(2年)が歯を食いしばり、汗を飛ばしながらトラックを駈ける。

 日体大長距離競技会が行なわれた健志台陸上競技場のトラック周辺はちょっと不思議な光景になっていた。各大学の陸上部部員や実業団の選手たち、関係者、コ−チらに加え、OBや家族連れ、カメラを持った若い女の子たちが使用していないレ−ンに立ち、走っている選手の写真を撮影したり、選手に声を掛けたりしている。ピリピリした競技会という感じではなく、牧歌的な雰囲気の中で選手が走っている感じだ。

 さっきまで吹いていた強い風は10000m最終組のスタ−ト前にピタリと止まった。「日体大マジック」と呼ばれる現象だ。風が強いとそれだけでタイムに2、3秒のロスが出る。記録会なので1秒でも良いタイムを出すことが目標になるが、風が止み、夜のスタ−トゆえに暑さもない。走るコンディションとして上々だった。

 最終組には青山学院大学陸上競技部から5名の選手が名を連ねていた。富士通やホンダの設楽雄太ら実業団の強豪選手ら51名に交じってのスタ−トだ。

 第2グル−プの梶谷から少し遅れて小野田勇次(2年)が来た。

「小野田、我慢してついていけ」。瀧川コ−チの檄が入る。

 今年の箱根駅伝で2連覇を達成したとき、6区で1年生ながら驚異的な走りを見せた小野田だが、10000mの公認記録がなかった。箱根駅伝は5000mなら16分30秒以内、10000mで34分以内の標準記録を切った選手しか出場できない。小野田が箱根を走れたのは、大学1年の4月に出した5000mの記録(13分56秒87)があったからだ。記録会(10000m)の初陣はスピ−ドがある実業団の選手たちについていけず、表情はかなりキツそうだ。

 箱根駅伝で2連覇を達成した青山学院大学陸上競技部は主将の神野大地、久保田和真ら2連覇の主力となった4年生が卒業した。

 3連覇に向け、陸上部は2月に新1年生を含めた宮崎合宿で始動し、3月には大分合宿が行なわれた。主将は選手ミ−ティングで安藤悠哉(4年)に決まり、寮長は田村健人(4年)、さらに各学年長、寮の1階2階のフロア長も決まり、総勢45名で新しいスタ−トを切ったのである。

 4月の日体大競技会は、1年生をはじめ多くの選手がエントリ−する恒例行事だが、今年はチ−ムの主力である一色恭志(4年)、下田裕太(3年)、田村和希(3年)、中村祐紀(3年)は神戸のアシックスチャレンジ(10000m)に出場していた。

 コ−チの瀧川は、箱根までには流れがあるという。

「この4月は、日体大の競技会をはじめトラック競技が始まるシ−ズンです。うちは2月から合宿が始まり、ふつうに練習ができている選手は1年生でも上級生と同じ試合に出していきます。トラック競技は駅伝に関係ないと言われる方もいますが、自分たちは全部のレ−スが箱根に結びついていくと考えています。だから今はトラックに全力投球し、タイムを求めていきます」

 青学ではレ−ス前、個々の選手に目標タイムを設定させ、試合後にレポ−トを提出させている。内容は、たとえば、10000mの場合、1000m×10個に区切って通過タイムを見る。そのタイムについて考え、これからどう目標タイムにどう取り組んでいくのか。選手は現実のタイムの冷静な分析と内省を言葉にすることを求められるのだ。

 さらにエントリ−費、交通費などの経費も書く。ひとつのレ−スは、どれだけお金がかかっているのか。費用対効果のひとつとして自分にかかる費用を明確にし、結果(タイム)を出すことを求める。1試合1試合の重みを自覚させているのだ。

「大学スポ−ツは企業スポ−ツのようにお金が潤沢にあるわけではないので、そういうことを理解するのは大事だと思っています。もちろん、全額自己負担ではなく、補助していますよ。また、レポ−トの書き方が曖昧だったり、抽象的だったりするとガンガン指摘します。自分がやることなのに、それじゃわからないだろうと。箱根までの間、選手は思うように走れないときもありますが、そのとき『もっと練習します』というところに答えを求めてほしくないんです。陸上だけで解決せず、日常の社会との関わりの中で、何かしら得られるものって必ずあるんですよ。そういうのを大事にしてほしいし、監督をはじめ、広い意味で社会の中で走ることをとらえているところにうちの強さがあると思うんです」

 面子を見れば、来年の箱根駅伝も青学の優位は動きそうにない。連覇を果たした主力のうち秋山雄飛(4年)、一色、下田、田村、中村、小野田の6人が残り、箱根経験者の安藤(4年)、村井駿(4年)もいる。また、自己ベストで10000mのタイムを見れば、28分台が6人、29分台が10人いる。1年生から昨年の小野田のような存在が出てくる可能性も高く、全体の選手の質、層はズバ抜けている。そのチ−ム力は、感覚的には大学チ−ムの中の実業団が紛れ込んだみたいなものだろう。

 だからといって天狗にはならない。裸の王様になりがちな陸上競技部を"陸上"という狭いフィ−ルドだけではなく、広い視野で社会と向き合っていく姿勢を崩さず、選手一人ひとりの人間教育を怠らないところに青学の本当の強さがあるのだ。

 この日、10000mの競技会初レ−スとなった梶谷(29分27秒49)と小野田(29分59秒31)は30分を切るタイムを残したが、期待された秋山は31分50秒24と自己ベストから3分近くも遅れ、田村健も30分13秒73と自己ベストから1分遅れた。また、アシックス組も田村和が31分10秒73に終わるなどタイムが伸びず、全体的にはやや低調に終わった。

 ペースが上がらず、49位(50人中)に終わった秋山の足取りは重かった。

「2月の福岡クロカン(クロカン日本選手権)からペースがこんな感じで......。水分補給したり、血液検査をして万全を期しているつもりですけど、試合のペースに対応できていない。夏合宿までには治さないといけないですが、すごいプレッシャ−を感じています」

 そう語った秋山は、どうしたらいいのか分からないという風情だった。

 タイムが出た選手、思うように走れなかった選手と明暗が分かれた。4月は多くの選手がまだまだ本調子ではないし、箱根に向けてのスタ−トが始まったばかり。
 
 3連覇に向けて、今後はどうなるのか。秋山の調子は戻るのか。5月の関東インカレで、それぞれがどんなレ−スをするのか。 

 これから毎月、青山学院大学陸上競技部の箱根駅伝までのプロセスを極私的に描いていくつもりだ。

 (つづく)
佐藤 俊●取材・文 text by Sato Shun