「ルール34a」と「オキュラス・ポルノの誘惑」

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メディア技術の進化/拡張の背景にあるポルノコンテンツの存在は無視できない。そして、ヴァーチャルリアリティほどその欲望に適ったテクノロジーはないのかもしれない。オキュラス・リフトの虜になったポルノ女優、エラ・ダーリングの「挑戦」を追う。

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VOL.21特集「Sex in The Digital Age」

2016年2月10日発売の『WIRED』日本版に掲載した特集から、『WIRED.jp』では話題のコンテンツを順次公開。「セックスとテック」にまつわる7つの“投書”から、VRがポルノにもたらすものや、セックスのない愛まで。公開した転載記事のほか、VOL.21の関連記事はこちらより。その他、「音楽の学校」特集など盛りだくさんの本号は、Kindle版も好評販売中

エラ・ダーリングは子どものころに、ヴァーチャルリアリティ(VR)というアイデアに惚れ込んだ。

1990年代後半〜2000年代前半にかけて、映画『JM』や任天堂の3Dゲーム機「バーチャルボーイ」らが次々と現れては消え、VRは頭が痛くなるほど難しいSF的コンセプトから安っぽい売り文句に成り果て、文化史の脚注に姿を残すのみとなっていた。

だが熱心な読書家で「D & D」(ダンジョンズ & ドラゴンズ:アメリカのテーブルトークRPG)で遊んでいたダーリングにとって、自分の周りに立ち現れる世界のなかで迷子になるというアイデア(「これまでわたしが迷い込んでいた本の世界が目に見えるようになるのね」)は、ただ胸が躍るというだけでなく、ロマンティックなものに思えた。

だから、読書家のダーリングが修士号を取得して図書館司書になったのは理解できる。だが、彼女が図書館司書をやめてポルノ映画に出演し始めたのには驚かざるをえない(つまり、正式にセクシー司書を名乗れるようになったということだ。ちなみに彼女は、背中にデューイ十進分類法に基づく「ハリー・ポッター」シリーズの分類番号のタトゥーを入れている)。ボンデージ、マスターベーション、レズものといったヴィデオに出演して数年が過ぎたあと、彼女はヴィデオゲームの見本市E3に参加し、初期ヴァージョンのオキュラス・リフトを試した。VR革命を再始動させたヘッドセットだ。

彼女は言う。「新しいテクノロジーと聞いて最初に考えることは、『それとヤれるの?』ということ。もしくは『どうすれば、それを使ってセックスしているわたしをほかの人に見てもらえるかしら?』ということね。じっくり考えれば、1つか2つは応用する方法を見つけられるものよ」

だが、オキュラス・リフトに関してはじっくり考えるまでもなかった。28歳になった彼女は、VRを使ったポルノを制作・配信する企業VRtubeのクリエイティヴディレクター(兼スター女優)として、未来を築くのに忙しい。

消し去られた「枠」

冒険心にあふれたポルノ女優だけが、こんなことを考えているわけではない。「ルール34a」を思い出してほしい。新たなメディアテクノロジーが登場すると、常に誰かしらがネットにこう書き込むのだ。「ポルノ産業がこれを使って何をするのか、待ってられないよ!」

実際のところ、ヴィデオテープ、CD-ROM、ストリーミング配信に至るまで、過去40年間に登場したほぼすべての家庭用エンターテインメントプラットフォームにおいて、それを一般的なものにしたのは、より直接的に言うとその市場を開拓したのは、人が他人のセックスを見るのに手を貸す企業なのである。

おしなべて言えば、それは万人の役に立ったといえる。70年代後半にアメリカ国内で売れたヴィデオソフトの半数は“成人向け”だった。それがなければ、80年代前半にヴィデオデッキの売り上げがクリティカルマスに達することはなく、普及にはもっと長い期間がかかったかもしれない。

だが、VRほどセクシャルな用途に最適な映像技術はない。ヴィデオテープは性的に露骨なコンテンツを映画館から家庭内へともちこんだが、VRがもたらす変化の大きさはそれをさらに上回る。

これまでの歴史では、わたしたちとポルノの刺激の間には一定の距離があった。エロティックな木版画、DVD、ストリーミングによるウェブカム・ショーに至るまで、そこには「外枠」があったのだ。もちろん、書籍、ポラロイド写真、映画のスクリーンにもあり、その枠を通してしか興奮させてくれるものを体験することはできなかった。

しかしVRは、それらの新しい後継者、ではない。VRは枠を変化させるどころか、枠を消し去ってしまったのだ。これによって、わたしたちはその舞台設定の内部に存在できるようになる。こうなると可能性は無限大だ。

確かに、わたしたちはようやく「VRの夜明け」を目にしたところであって、『スター・トレック』のホロデッキや『マトリックス』といった誰もが思い描くような未来を迎えるまでには、まだ長い研究開発と改良の時間を要するだろう。そこで問題になるのは、「わたしたちはこのVR元年に何をするだろうか」ということだ。

逆に、これはしないだろう、とわかっていることはある。映画『バーチャル・ウォーズ』に登場する芝刈り機の男のマネだ。つまり、触覚スーツに身を包んでジャイロスコープに入り込み、揺らめくポストヒューマンな形態を獲得して身体の制約を打ち破る。そして、ほかの個体と混じり合ってすべてを超越する液体の単一体となる、といったことだ。

VRに多くの人が注目するようになった大きな理由は、それが軽くてコンパクトだからであり、ヘッドセットのディスプレイ、入力用のコントローラーの類、そしてサウンドを出力する装置しかないからだ。日本のアダルトグッズメーカー・テンガも、ヴァーチャルセックス・シミュレーターと何かが連動する(何が連動するのかは想像してほしい)複雑な装置のプロトタイプ製作を支援している。しかし当面は、VRが扱えるのは聴覚と視覚だけだろう。もしあなたが局所的な触覚フィードバックを望んでいるとしても、それは自分自身で与えなければならない。

わたしたちが、ありとあらゆる趣味嗜好に対応できる、美しいCGの肉体を前に我を忘れる未来はまだ来ないだろう。しかし、そこに挑んだ人間がいないわけではない。

過去2年間のVRゲーム開発の世界には、「Sinful Robot」のように放棄されたプロジェクトの残骸が散乱している。開発者たちが身をもって知ったように、いちばんの問題は、360度滑らかに動くゲームをつくるのがそもそも難しいことに加え、そこに立体映像と写真並みのリアルさを実現しようとすると、その複雑さが急速に増大するということだ。「ファークライ4」のようなアクションゲームでは、プレイヤーはキャラクターの顔のアニメーションが酷くても我慢できるが、それは(すべてを撃ちまくるという)ゲームの目的の前ではさほど重要ではないからだ。

確かに、エロティックなコミックや人気上昇中の日本の“ヘンタイ”アニメのように、リアルすぎないセックス描写でも興奮することはできる。だがVRのように現実と非現実の間の「枠」を取り去ってしまった場合、情報の欠損が多い信号は「不気味の谷」現象を引き起こす。そこは一見リアルなようで全然リアルでない、まったくセクシーに思えない体験になってしまうのだ。

VR対応アダルトゲームの大半はSecond Lifeに似た、ぬるりとしたダッチワイフのようなグラフィックのまがい物だ。VRヴァージョンのテレホンセックス、あるいはFaceTimeセックスもまだ使えるレヴェルに達していない(たとえお互いの姿が見えたとしても、ヘッドセットを着けていなくてはならない)。最も見込みがありそうなのは360度3Dヴィデオで、これはVRを使ったコンサート体験や、インディペンデント映画の祭典・サンダンス映画祭のニューフロンティア部門の作品で使われているような技術である。

ファンタジーを超える

わたしたちがVR元年にすること、それは(ポルノの世界に事実上これまでなかった)「親密さ」の追求だ。そこに至るうえで重要なのは「プレゼンス」(存在)である。ヘッドトラッキングの反応速度、スクリーンのクオリティ、高度な処理技術を組み合わせて、脳を騙し、ユーザーにヴァーチャル空間内にいるように思わせることができたときにその現象は起こる。それは単に、視界の外縁を拡げるスクリーンを見ているのとはわけが違う。実際にそこにいると脳が信じ込めば、体のほうも同じように反応するのである。

もしあなたがVRのなかで高層ビルの屋上の縁に立ち、外に向かって体を傾ければ、きっとめまいを感じるだろう。エイリアンの宇宙船内の暗い通路にいるときに背後でガサガサと音がしたら、恐怖のあまりに心臓が早鐘を打ち、闘争か逃走かを迫られるかもしれない。あるいは音楽家の部屋にいて、彼がピアノを優雅に弾き、フローリングの上では犬が眠りこけているとしたら、安らぎを感じることだろう(これは推測で言っているのではない。すべて、CGやヴィデオなどを用いたさまざまなVR環境でわたし自身が体験した反応である)。

ここで大きな疑問となるのは、VRでセクシャルなコンテンツを見た脳もまた、体に原始的な反応を引き起こすか否かということだ。そして、エラ・ダーリングも答えを知りたがっている。

彼女は2014年、「VRポルノをつくりたい」とRedditに投稿していた同好の仲間を見つけた。その年の4月下旬、彼らはダーリングをカリフォルニアからメリーランドに招いた。技術系スタートアップによくあるように、彼らは20歳の大学生たちだった(「まさに映画の『ときめきサイエンス』みたいね」と彼女は言う)。彼らは自分たちの寮の一室でテストシーンを撮った。

多くの新興VRヴィデオ会社がハイエンドで値段も高いRED社のカメラを買い揃えているものだが、彼らは徹底的にDIYでいこうと決め、2台のGoProカメラを同時に回して視野角の広い3Dの立体画像を低コストでつくっていた(これまた技術系スタートアップにありがちなことだが、ダーリングは最初、R2-D2柄の水着を着せられた)。彼女がロサンゼルスに戻ったあと、学生の1人からメールが届いた。テストシーンを処理し終えたところ、その出来映えに仰天した、ひいては事業のパートナーになってほしい、とのことだった。「これまで見たことのないポルノだ」と彼は書いていた。「本物の人間を見ているようだ」

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エラ・ダーリングと彼女のチームは、オキュラス・リフトのためにいくつかのテスト映像を制作した。そこにあったのは単なる性的刺激ではなく、生身の人間の姿だった。

彼のその言葉はなかなか示唆に富んでいる。「ポルノは役者を人として扱っていない」というポルノ批判者たちの言い分は正しいのだと暗に示しているわけだ。

ポルノグラフィは、これまでもずっとファンタジーだった。奔放で、エキゾチックで、自分が他人に求められるという幻想の世界だ。アダルト業界は、俳優自身がカメラを持ったり俳優の肩越しに映像を撮ったりする、いわゆる「ハメ撮り」というジャンルを生み出し、そんなファンタジーを長年提供してきた。これにより、視聴者はのぞき魔ではなく参加者であるという錯覚をつくり出すのである。

しかしこの錯覚の下でも、これはただの錯覚だ、という意識がある。VRでは、その無粋な外枠が消えることで、ファンタジーそのものも消え失せる。もはや場面を見ているのではなく、そのなかに存在しているのだ。そこにいるのだから、何が起ころうとも自分もそれにかかわっていることになる。

それによって、もっと興奮できるものがつくれるのだろうか? あるいは、どうしようもなくひどいものができあがるのだろうか? それは場面次第だし、見る人次第でもある。しかし見る人をファンタジーと対等の地位に置くことができるなら、これまで誰も考えなかったような方法でポルノの概念を覆すことが可能になるだろう。

テスト映像を撮ってから1年弱、ダーリングと彼女のパートナーは、新しい撮影装置を完成させるために必死に取り組んでいる(彼らは滑らかな360度の視点をいまも追求しており、この原稿を書いている2015年初頭の時点では、サイトの再ローンチのために奔走していた)。彼女は自分たちが正しい道を進んでいると知っていて、革命を起こすつもりなのだ。

「わたしは長年、ポルノのアイデアをノートに書き溜めてきたの」とダーリングは言う。「そのアイデアの多くをいま実現しようとしているのだけど、これまでできなかった方法で撮影ができるかどうかがカギね。まったく新しいアプローチが必要なのよ」

ピーター・ルービン|PETER RUBIN
『WIRED』US版シニアエディター。VRに関する記事を多数執筆している。@provenself

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