スケートの女神に愛された少女である。しかも、そのことを自身で知っているかのように、リラックスしたまま氷上を駆け抜け、いたずらな笑みを振りまく。

「全然緊張しませんでした。世界ジュニアは獲れる気がしていたので、落ち着いてイメージどおりの演技ができました。あっという間に終わりました」

 14歳にして世界ジュニア女王のタイトルを手にした本田真凜(まりん)。勝利者インタビューでは、勝利の予感さえ口にした。重圧も闘志もどん欲さも、何もかもを捨てて辿りついた、女神に愛されるひととき。新たなヒロイン誕生の瞬間だった。

 2歳のときにスケートを始めた。兄の太一、妹の望結(みゆ)、さらに下の妹と、5人きょうだいのうち4人がスケーター。京都・大阪を拠点に切磋琢磨してきたスケート一家だ。

 望結は数々のドラマで活躍する子役の女優。女優業のかたわら、撮影の合間に都内でも自主練するほどの努力家タイプだ。真凜自身はこれまで"望結のお姉さん"と呼ばれることが多かった。

「きょうだいみんな、仲がいいです。休みの日は一緒にゲームをしたり、カラオケに行ったり。望結は本当によく頑張っていると思います。でもやっぱり試合では、私もお姉さんらしいところを見せたいな」

 姉の真凜としては、スケートの成績だけは負けられないという気概があった。それは彼女のアイデンティティーの根幹でもある。昨季の全日本ジュニアは13歳ながら4位。家電製品のCMにも出演するなど、少しずつスケートの女神に、その存在をアピールしていた。

 そして迎えた今季。ジュニアGPは2位と優勝でファイナル進出。ところが全日本ジュニアでは、緊張して6位。ジュニアGPファイナルは、堂々たる演技で銅メダル。乱高下を繰り返すシーズンだった。

 3月の世界ジュニアを前に、濱田美栄コーチと本田はどんなパターンのときに力を発揮できたのかを考えた。すると、タイトルとしては大きい海外試合のほうが成績はよく、国内戦はミスが多かった。

「勝ちたいと思った試合は、いつもダメ。国内の試合はつい(優勝を)狙ってしまうんです。全日本ジュニアは、ショートのときに『誰が優勝してもおかしくないな』と思い、狙ってしまい緊張しました。勝ちたい気持ちはあるけれどなるべく考えないようにしないと」

 同じように、濱田コーチも考えた。

「真凜は『勝ちたい』と考えてしまうと、勝てないタイプ。世界ジュニアでは、勝敗を気にしないでいられる状況を作らなければ......」

 そこで2人が編み出したのは、試合前の準備時間の使い方だった。

「いつもの練習はウォーミングアップを全然しないでやるのに、試合の前って2時間前に会場入りしてアップしたあとに、緊張していました。だから世界ジュニアは『練習どおり』って考えて、試合ギリギリに会場に来て、緊張する間を作らずにやってみよう、と思いました」

 濱田チームからは、白岩優奈も同大会に出場していた。白岩はコツコツと努力をし、きっちり計画を立てて準備するタイプ。そのため濱田コーチは、本田と白岩で違う本番前準備をさせた。

「真凜は試合ギリギリに会場入りして、緊張する間を作らせない。優奈は早めに会場入りさせて、焦らせないことが一番。2人はまったくタイプが違うのだから、試合への持っていき方も別々にしよう」

 そして迎えた本番。本田はギリギリに会場入りする。直前に、優勝候補のポリーナ・ツルスカヤの欠場が発表されたが、動揺する間もなく、すぐに滑走となった。

 曲は、自分も編曲に関わったという自信作、ベートーベン『スプリングソナタ』。軽やかなメロディと本田の可憐な滑りが、自然とマッチする一曲だ。 冒頭の「3回転ループ+3回転トーループ」を降りると、波に乗った。

「1つめのジャンプはちょっと危なかったのですが、濱田先生から最後に『ここまで来たからには、少々のことがあっても思い切り締めればできる』と言われていたのを思い出して、思いっきり締めたら、きれいにジャンプが跳べました」

 ピンクの可愛らしい衣装に身を包んだ、春の舞い。66.11点で自己ベストを更新し、首位と同点での2位発進となった。

 インタビューで「今日の反省点は?」と聞かれると

「反省点ですか? すぐには出ないくらいに今日はよかったです。ジュニアGPファイナルは6人だけだったけれど、今回は世界のうまい選手がみんな集まる大会。日本の試合よりも、海外の試合のほうが『やってやる』と思うので、好きです」

 すでに勝利を確信しているかのような、自信に満ちた笑顔だった。

 そして迎えた翌日。世界ジュニアは"シニアのトップ選手への登竜門"とも言われ、タイトルの重みは格段に違う。しかも前日に優勝候補がケガで棄権していることもあり、誰しもの心に優勝や表彰台への欲が生まれていた。異様な緊張感が漂うロッカールームに、本田はゆっくりと本番ギリギリに到着した。

 最終グループ6人の滑走はこれから、というときだった。ショート首位のアリサ・フェディチキナ(ロシア)が、陸上でのアップ中に、足首を捻って転倒。泣きながら医務室に運ばれていった。

 「たまたま目の前で見ていたので『どうしよう』という気持ちになりました。とにかく、自分に集中するようにしました」

 ふと、フェディチキナが棄権したことで自分が首位に立っていることを一瞬考えた。しかし、その邪念をすぐに頭から追い出す。濱田コーチから朝の練習で言われた言葉を、繰り返した。

――真凜は『勝とう』と思って勝てるタイプではない。ひとりでもファンを増やせるように滑ろうね――。

 曲は映画『ビートルジュース』のテーマ曲。いたずら好きのオバケの役で、コミカルさや妖艶さが盛り込まれたプログラムだ。しかし本田は、「曲に合わないくらい笑顔になっていました」というほど、リラックスしていた。

 気持ちをラクにして、ただひたすらスケートの時間を楽しむ。フリーもパーフェクトの演技で、総合192・98点で圧勝ともいえる勝利をつかんだ。

「優勝ということは考えませんでした。ずっと『目標は表彰台』と言ってきたのだから、2人に抜かされても(目標達成は)大丈夫だと思うようにしました」

 勝利者インタビューで、歴代の日本人優勝者が、浅田真央、安藤美姫、村上佳菜子らで、そこに続く快挙だと言われると、きょとんとする。

「目標にもしていない順位が獲れて、びっくり。歴代の優勝者がみんな、私が目標にしている選手なので、もしかして、すごいことを私はできたのかな」

 天才とは、あるとき突然覚醒するもの。本田の覚醒は、まさに今始まった。そう感じさせる14歳の春だった。

野口美恵●取材・文 text by Noguchi Yoshie