『連載終了! 少年ジャンプ黄金期の舞台裏』(イースト・プレス)

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 週刊コミック編集部を舞台にした松田奈緒子による漫画『重版出来!』(小学館)が、黒木華、オダギリジョー、坂口健太郎、安田顕、荒川良々らのキャスティングでドラマ化され話題を呼んでいる。先日12日の初回放送は平均視聴率9.2%とまずまずの数字だったが、ネット上での評判はすこぶる良く、今後同ドラマの注目度は上がっていくのかもしれない。

 そんな『重版出来!』は、週刊コミック誌「バイブス」編集部に配属された黒木華演じる新人編集者の黒沢心が、さまざまな困難に見舞われながらもそれらを乗り越えていくことで一人前の編集者として成長していく姿を描いた物語だ。作品のなかでは「編集者」という人たちが、作家にとって大事な味方であり、漫画がつくられていく過程において重要な役割を担うということが熱く描かれているのだが、実際に漫画を描いている当人からしてみると、現実は『重版出来!』に描かれているような綺麗ごとばかりではないようだ。

 たとえば、小林よしのりは2016年4月9日に配信されたウェブサイト「BLOGOS」のなかで、映画『バクマン。』を鑑賞した感想をこのように綴っている。

〈わしが漫画家の物語を描いたら、編集者の醜悪さも描くから、もっと面白くなるけど、まあ連載させてくれるところがないだろうね〉

 このような思いを抱いているのは小林よしのりだけではない。つい先日、このような編集者の「醜悪さ」を徹底的に描いたマンガが出版され、漫画ファンの間に戦慄が走った。

 その作品とは、『連載終了! 少年ジャンプ黄金期の舞台裏』(イースト・プレス)。作者は、80年代から今にいたるまで漫画家として活動し続けている巻来功士。彼は80年代中盤から終わりにかけて『機械戦士ギルファー』『メタルK』『ゴッドサイダー』など、何作も「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載を描いているのだが、この『連載終了!』ではその時代に出会ったブラック編集者たちのひどさを徹底的に暴露している。

 まず彼は、『機械戦士ギルファー』で「週刊少年ジャンプ」の連載陣に名を連ねる前、「ジャンプ」編集部の依頼により、『北斗の拳』を描いていた原哲夫のもとにアシスタントとしてサポートに入った時代のことを振り返る。その時、一度完成原稿を入稿した後でも原哲夫が担当編集のホリエ氏の要望に応えてすべて描き直し、結果として作品の質が上がっていく様子などを見て、編集者と漫画家の関係をこのように思ったと言う。

「お互いがお互いの長所を認め 短所を補ってひとつの作品を作り上げてゆく そうか!! これが漫画の作り方の1つなんだああぁ!!」
「それは漫画に独りよがりではない客観性を持たせる大切な行為の進化系であり すぐれた漫画家と編集者が二人三脚になれば傑作が生まれるという実例であった」

 しかし、実際に「週刊少年ジャンプ」で連載を始めた巻来氏が、原哲夫とホリエ氏のように理想的な漫画家と編集者の関係を構築することはできなかった......。

 巻来氏の担当編集は前述のホリエ氏が務めることになっていたのだが、『機械戦士ギルファー』の第2回目の原稿を入稿したとき、突然「巻来君は自分でストーリー考えて描けるから信頼しての事なんだけど...担当変わるから」と告げられる。そして、後任としてやってきたマツイ氏は、出会い頭になんとこう言い放ったという。

「巻来君じつはオレ...ロボット漫画なんて正直嫌いなんだよ!」
「...でもオレは嫌いな漫画を担当した方が当たる確立が高いんだ!! だから『ギルファー』も大丈夫さ!!」

 ロボット漫画を連載している作家に対して、なんという発言......。しかし、口は悪いマツイ氏だったが、映画好き、特に、ATG映画やアメリカンニューシネマなど暗く硬質な映画を好むという点で巻来氏とは馬が合い、その結果、両親を殺され、自分も火をつけて焼かれた少女が、サイボーグとなって甦り復讐を企てるという、「友情・努力・勝利」の「ジャンプ」としては異例の『メタルK』が生まれることとなった。

 第一印象こそ最悪だったが、巻来氏もマツイ氏との間で、原哲夫&ホリエ氏コンビのような関係を築くことができたかに見えた。しかし、現実はそう甘くはない。『メタルK』は連載2回目からページを巻末に追いやられてしまうのだが、読者アンケートの結果を反映させたにしても、あまりにも早すぎる冷遇ぶりを巻来氏が問いつめると、マツイ氏はこう答えたのだった。

「どうやら最初から決めていたみたいだね」
「どうやらこの漫画を...いやもしかしたらオレの担当の漫画を嫌っている人が編集部内にいるのかもしれないね」

 これが『重版出来!』のストーリーであれば、紆余曲折の末、人気連載漫画として見事に花開くといった結末になるはずだが、現実はそうはいかない。

 いつ連載が終わるかも分からない苦境に立たされた二人は、本来であればもっと先に登場させるはずだったキャラクターを第5話の時点で出すなどテコ入れをはかった。その結果人気も上がり、編集部側もすんなり終わらせることができない状況にまでもっていくことに成功する。しかし、その努力もむなしく、結局『メタルK』はわずか10話で終了。マツイ氏とも、理想の漫画家と編集者との関係を築きあげることはできなかった。

 そんな冷遇を受けた巻来氏だが、『メタルK』連載終了からほとんど時を置かず、同じ「ジャンプ」にて今度は『ゴッドサイダー』の連載が始まる。今度は『メタルK』の時のような憂き目にはあわなかったが、編集者と理想の関係を築くことができないという状況は変わらない。「巻来君は1人でも話作れるから大丈夫だよ」の言葉を残し、次々と担当編集が変わってしまう。編集者と二人三脚で一緒にものをつくるという環境には恵まれなかった。そして、決定的だったのは、そのなかで出会った編集者のK氏だ。

 K氏とは打ち合わせでもまったく話が噛み合うことはなかったのだが、そればかりか、こんな物言いまでする人であったという。

「巻来君ね...頑張んないと荒木さんに負けて連載終わっちゃうよ」
「副編集長に言われたんだ うちの雑誌にホラーは2ついらないって だからアンケート悪い方が終わっちゃうってわけ...頑張らなきゃね」

 当時は、「ジャンプ」の歴史に残る名作、荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』が連載をスタートしたタイミングだった。とはいえ、こんなことを言われてモチベーションの上がる作家などいるわけがない。結局、K氏とはなんのアイデアの出し合いをするわけでもなく、巻来氏が独力で『ゴッドサイダー』の物語を紡いでいくことになった。しかし、K氏のひどい物言いはこれでは終わらない。

「巻来君...副編集長がボクの肩に手を置いて何度も聞くんだよ...『ゴッドサイダー』の最終回はいつになるのって...何度も...何度も...いやだよねぇぇ...」

 そして、1年半続いた『ゴッドサイダー』の連載は終了した。巻来氏はその後、「スーパージャンプ」(集英社)など、青年誌に軸足を移して漫画家としての活動を続けていくことになる。

「ジャンプ」のなかで、原哲夫&ホリエ氏コンビのような関係性を築くことはできなかった巻来氏であったが、しかし、それは「ジャンプ」編集部側が完全に悪いというわけではないらしい。それには、巻来氏が漫画家としてはやや特殊な人で、「物語」をつくる力に長けていた作家であったということが大きく影響している。

『連載終了!』巻末には、巻来功士氏と、「ジャンプ」5代目編集長の堀江信彦氏(先ほどのホリエ氏はこの人のこと)との対談が収録されているが、そこで堀江氏はこのように語っている。

堀江「今思えば、巻来君は縦糸の人だったんだ」
巻来「縦糸?ですか」
堀江「ストーリーラインね。それで漫画にはもう一つ、横糸が必要なんだ。こっちは演出やキャラクター作り。巻来君は縦糸が上手かったんだね。ところが編集者が手助けできる部分も縦糸なんだ。たとえば僕が原作を書くようになったのも、原(哲夫)君が縦糸を欲しかったからなんだ。原君は完璧に横糸の人だから、縦糸が描けない。その分を自分が手伝った。
(中略)
 逆に巻来君は明らかに縦糸の人。だから編集者と話していても退屈なんだよ、そこは自分がやれちゃうから。巻来君に必要だったのは横糸情報。「この時、こういう顔じゃなくてさ」とか「女の子、こんなキャラにしてさ」「仕草がこうでさ」とか。そういう事を話せる編集者がもっといたらよかったんだけど。だから編集者のほうも巻来君に対して「自分は必要じゃない」って感じちゃったんだね。「巻来君は自分でやれる人だから」って。それで編集者が何人も変わって、巻来君も孤独をかこってしまった。
(中略)
 自分も当時的確なアドバイスがしてあげられなかったけど、今担当だったら横糸情報を足すようにしたと思う。巻来君に必要だったのは、演出家だったんだ」

 巻来氏がことあるごとに「巻来君は一人で物語がつくれるから」といったことを言われていたのは、こういうことだったのだ。そんな編集者の助けのいらない作家であったばっかりに、編集者と漫画家の理想の関係をつくることができなかったのだが、もしも当時、「横糸」の情報を付け足してあげられる編集者がいれば、巻来氏も『北斗の拳』や『ジョジョの奇妙な冒険』のような作品をものにできたのかもしれない。

 現実世界の編集者と漫画家には、こんな関係もある。そんなことを思い浮かべながら『重版出来!』を観たら、ドラマがより味わい深いものになるのではないだろうか。
(新田 樹)