リザルトの数字だけを見るならば、第4戦・スペインGPは鳥肌の立つようなバトルで観客を興奮の坩堝(るつぼ)にたたき込む内容のレースでは決してなかった。

 優勝を飾ったバレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)は、2位のホルヘ・ロレンソ(同)に対して着々とタイム差を開き、2秒から3秒のマージンを最後までコントロールして圧勝の結果に終わった。2位のロレンソから3位のマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)もまた、同様の展開で4.7秒差。トップスリーの勝負は、ロレンソが序盤2周目に勝負を仕掛けて一瞬だけロッシの前に出たものの、即座にロッシがコーナー立ち上がりで奪い返す――というラインの交錯が一度あっただけだ。その意味では、二輪ロードレースの醍醐味である激しい駆け引きのない、退屈なレースだったのかもしれない。

 だが、その面白味のない展開を作り上げるに至った驚嘆のパフォーマンスと、その高水準のレース内容を最後まで維持し続けた緊張感という水面下の要素も考慮してレース全体を眺めたとき、ヘレス・サーキットで繰り広げられた日曜日の戦いは、むしろ息を呑むほどのすごみを感じさせる27周だった、というべきだろう。

 今回でキャリア113勝を達成したロッシの過去のレースを思い返してみても、ここまで圧倒的に最初から最後まで完璧に制圧した展開は、あまり記憶がない。どの排気量の時代でも、ロッシは長いレース周回のどこかで必ず激しいバトルを繰り広げ、劇的な勝ち方をしてきたという印象が強い。

 その彼が、ヘレス・サーキットで最初に優勝を収めたのは、125cc時代の1997年。今から19年も前のことだ。当時のロッシは18歳。現在は37歳である。この年齢を考えると、今回のレースで彼が見せた圧倒的な勝ちっぷりは、実に驚異的というほかない。

「当時と比べると、今はもっと努力しなければならないし、トレーニングもしなければならない。なにより、高いモチベーションを保ち続けることがもっとも難しい。20年前なら何ごとも簡単だけどね。(その当時と比較しても)今は悪くない感じだよ」

 レース後にそう語ったロッシは、このヘレス・サーキットでのパフォーマンスは、これから秋まで続くヨーロッパラウンド全体のよい指標になる、とも話す。

「ヘレスで力強く走れるかどうかで、レベルを見極めることができる。ここで速く走れれば、どのヨーロッパのコースでも強い走りをできる。次のル・マン(フランスGP)は好きなサーキットだし、ヤマハに合ったコースだと思うけど、あそこは天気が不安定なので、今回のように金曜のフリープラクティスから速く走れるようにがんばるよ」

 ロッシ自身が話すとおり、この第4戦の走りを見るかぎり、今年も確実に彼はチャンピオン争いの一角を占めてゆくだろう。

 その最大のライバルのひとりであるマルケスは、今回のレースを3位で終え、表彰台に日本の国旗を持って登壇した。今回のレースウィークでは、マルケスをはじめとするホンダ勢の全選手がマシンのカウルに、「がんばろう九州」「がんばろう熊本」というステッカーを貼って走行していた。

 今回の地震で大きな被害を被った熊本には、ホンダの製作所がある。ここではCBR1000RRやCB1300SF等の二輪車を中心に多くの製品を製造しているが、現在は操業を停止している。ホンダにとって縁の深い土地でもあるだけに、彼らが掲げた日の丸やステッカーには、九州の被災者やその関係者を支援したいという意思がよく表れている。そこで、表彰式後のマルケスに、日本の国旗を持って登壇した思いを訊ねてみた。

「今回、日本で起こったことには、とても心配をしているんだ。だから、バイクにもステッカーを貼って走ったし、表彰式では日本の国旗を持って上がった。日本の人々に対してはもちろんだし、それが世界のどの場所であっても、このような出来事があったときには、ぼくたちは現地の人々と助け合う気持ちを表明したいと思っているんだ」

 さらにもうひとつ、2位のロレンソに関する話題にも触れておこう。3月末の開幕戦から水面下でささやかれていた来季のドゥカティへの移籍を、今回のレースウィークに先立って正式発表したことで、第4戦のレースウィーク前半は、むしろ彼が話題の中心を占めていた感も強かった。この移籍に関して、巨額の契約金が用意されたのも事実のようだし、チームメイトのロッシとの確執も要因のひとつであることは間違いないだろう。だが、それよりもロレンソが移籍を決意した最大の理由は、ライダーとしての矜恃(きょうじ)に関わるものであったように思われる。

 2008年にヤマハファクトリーで最高峰クラスを走り始めてから、一貫して同チームに在籍して3回の年間総合優勝を達成し、今年が9シーズン目。その彼も、この5月4日に29歳になる。来年のドゥカティ移籍時には30歳。ロレンソの心中を推測すれば、ジャコモ・アゴスチーニ(MVアグスタ/ヤマハ)やエディ・ローソン(ヤマハ/ホンダ)の時代はともかくとしても、近年のロッシ(ホンダ/ヤマハ)やケーシー・ストーナー(ドゥカティ/ホンダ)の実績はどうしても意識せざるをえない。"レジェンド"と呼ばれる彼らと同様に、複数のメーカーでチャンピオンを獲得するために新たなチャレンジを開始するには、おそらく限界に近い年齢だろう。

 確実に優勝を狙える安定した環境を捨てて、ゼロからの挑戦を開始することは、もちろんリスクが大きい。だが、今回の移籍でメーカーをまたがってチャンピオンを獲得できれば、ライダーとしての紛うかたなき実力を満天下に示すことができる。さらに、ロッシがついに実現できなかったドゥカティ時代(2011年〜2012年)のチャンピオン獲得を自分が達成してみせるという意味では、世界に君臨する真の王者としてもはや誰にも文句を言わさずに胸を張ることができる、という野望も視野に入れているだろう。

 ヤマハで勝ち続けることに慣れたロレンソにとって、これらの命題の達成が魅力的な刺激であることは間違いない。

「高いモチベーションを保ち続けること」とロッシが語っていたのは、まさにこういうことなのだろう。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira