連続テレビ小説「とと姉ちゃん」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)第3週「常子、始めて祖母と対面す」第18話 4月23日(土)放送より。 
脚本:西田征史 演出:大原拓


「思うように生きて・・・笑わせるんじゃないよ」
女が思うように自由に生きること批判来たー!
滝子(大地真央)がよかれと思って、常子(高畑充希)を清(大野拓朗)の嫁にと提案するも、かか君子が断固拒否。
 だが滝子のほうが何枚も上手。張りのある声、滑舌のいい台詞術を駆使した言葉の力で、君子を容赦なく打ちのめす。
「女が思うように生きるって言うのは 自分の暮らしを落ち着かせたその後に、ようやく考えられることなんだ」と。
母と娘は、寄ると触ると反発し合うもの。こんなふうにわかりあえずイライラする展開はリアル。西田征史には姉か妹がいるのだろうか。まるで彼が長らく母娘の会話を見ていたかのようだ。そういえば、彼が原案小説と脚本を書き、監督をした映画「小野寺の弟・小野寺の姉」でも、ありそうな姉弟の関係がよく描かれている。

西田には、女は非論理的な生物に見えるのか、君子は完全に困ったちゃんキャラ化する。
「親の決めた生き方でなく自分で選んだ生き方をしてほしいんです」「思うように生きてしあわせだと思う人生を」などと主張するも、既にもう、とと(西島秀俊)が「ととの代わり」になれと常子の生き方を決めているし、滝子といきなり母娘げんかして青柳家を出ると言うと、常子は「かかの決めたこと」だからと素直に言うことを聞く。かわいそうに、完全に常子は、父母の言うことばかり聞いているのだが、君子はそれに気づけない。
お金に困って実家に帰ってきたのに、後先考えずに、反抗して世話にはならないと衝動で動いてしまう君子。
ととが亡くなって4年間、女手ひとつで子供3人養ってきた人には見えないが、運良く、ととの会社から遺族手当もらって、仕事もさせてもらって、自分では何もしていなかったんだろう。現代的に考えると君子は困ったちゃんだが、男が絶対で、女が自立できなかった時代の女は、君子のように行動も判断もできなくなってしまうのも無理はない。当時の社会状況が彼女をそうさせてしまっているのだ。
そうはならずに、自分で考え行動する女性が登場してくるのが、時代の変化。それが、朝ドラのヒロインなのだ。

小橋家は青柳家を出て、すぐ裏の滝子と犬猿の仲である仕出し屋森田屋の世話になる。
相変わらず展開が早い。この展開の早さと一定のリズム感は「まれ」に似ている。1話単位で、何か事件がある→説明台詞で心情や事情を語って済ます。→次の展開へ。という流れは、時計代わりのドラマとしては一定のリズムを正確に刻むという点において優秀で、独創性のあるドラマを求めた場合は、単調過ぎて退屈なものに感じてしまう。
(木俣冬)