中国江蘇省常州市の外国語学校で、昨年9月に校舎を移転して以降生徒493人に皮膚炎や血液検査異常、さらにはリンパがんなどが見つかったとされる問題が今、中国で大きな話題となっている。移転先が化学工場跡地に近い土壌汚染地域だったこととの関連性が指摘されているようだ。(イメージ写真提供:123RF)

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 中国江蘇省常州市の外国語学校で、昨年9月に校舎を移転して以降生徒493人に皮膚炎や血液検査異常、さらにはリンパがんなどが見つかったとされる問題が今、中国で大きな話題となっている。移転先が化学工場跡地に近い土壌汚染地域だったこととの関連性が指摘されているようだ。

 中国メディア・捜狐は21日、国内の環境汚染問題への対処において、やはり日本人の経験に学ぶべきであるとする記事を掲載した。記事は、環境保護において日本人が確かに中国人よりしっかりやっていると「言わざるを得ない」と説明。国内メディアは環境問題について「政府が監督し、企業が自律を」という話の繰り返しになるが、日本の公害病は民衆の反応が政府や企業を対策へと動かしたと解説した。

 その例として、新潟県で1965年に確認された第2水俣病の経緯について紹介している。第2水俣病発生の理由は、熊本の水俣病発生以後政府があいまいな態度を取り続けて速やかな措置を取らず、企業の汚染物質垂れ流しを許してしまったことにあるとされたと説明。市民の間で「政府に頼っていては問題は解決できない」という意識が高まり、65年8月に「民主団体水俣病対策会議」が結成され、現地行政との長期間にわたる交渉が繰り広げられたとした。

 そして、交渉の中で「行政と企業がつながっている」という意識を持つに至り、弁護士などの支援を得て訴訟委員会が作られ、67年には患者13名が企業を訴えるという日本初の公害訴訟が起きたとし、そこから日本全体で反公害の闘争が巻き起こり、四日市ぜんそくやイタイイタイ病、そして水俣病の裁判が相次いで行われるようになったとしている。

 さらに、これらの動きは日本政府が「公害対策基本法」を制定し、71年に環境庁(現在の環境省)を設置する流れをも導いたと解説した。

 環境汚染問題だけではない。食品をはじめとするさまざまなモノの品質や安全性の問題でも同じことだ。いくら政府や行政が「取り締まりを強化する」と発表しても、それが本当に本腰を入れて行われるかどうかは分からない。裏で企業とのしがらみや癒着の存在を疑う必要だってあるのだ。そうなればやはり、市民自身が自らの身を守るために声をあげて行政や企業に「圧力」をかけていかなければならないのだ。中国では今、市民の力が試されていると言っても過言ではないのかもしれない。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)