NHK 大河ドラマ「真田丸」(作:作三谷幸喜/毎週日曜 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時)
4月17日放送 第15回「秀吉」 演出:木村隆文


小日向秀吉とは


大坂にやってきた真田源次郎信繁(堺雅人)は豊臣秀吉(小日向文世)に気に入られてしまう。
信繁もまた「あんなひとは見たことがない」と秀吉の一挙手一投足に注目する。
秀吉の奔放さや、子供のように無邪気に見えて、他者の観察を怠らず、平気で足を引っ張る狡猾さ、物欲色欲権力欲など欲望の大きさなどを過不足なく描いた三谷幸喜の脚本を、小日向文世が生き生きと鮮やかに体現して、あっという間の45分だった。
とりわけ、上杉景勝(遠藤憲一)の心情を探るために設けた茶席のエピソードにはゾクゾクした。
基本、登場人物たちが饒舌にしゃべるドラマの中で、2分ほど無音の時間を作り、景勝の喉を茶が通るゴクリという音がかすかに聞こえるだけという演出は効果大。ここでは、小日向だけでなく、遠藤憲一、堺雅人、千利休役の桂文枝、この4人の演技巧者たち全員が力を合わせ、クオリティー高い密室芝居を作り上げた。

小日向秀吉は、俳優・小日向文世の特性である、ぱっと見はとても穏やかなお人好しのように見えるところを大いに生かし、だが心の中はわからないというクセ者になっている。
それを受けて「秀吉は小日向くんがーー」とエールなのかぼやきなのか判別不明な(たぶん、エールを面白く見せていたんだと思う)発言を繰り返していたのは竹中直人。
4月20日放送の「スタジオパークからこんにちは」に出演した竹中は、大河ドラマ「秀吉」(96年)で主人公・秀吉を演じ、その後再び、大河ドラマ「軍師勘兵衛」(14年)でも秀吉役で登場した。「官兵衛」でも「心配御無用」という「秀吉」の決め台詞を発することで、“竹中秀吉”は確固たるキャラクター化し、ある種不動であることを世に示したのである(ちょっと大げさ)。
“猿”のイメージを生かした野性味と成り上がってきた感あふれる竹中秀吉に対して、小日向の秀吉はまた少し違ったアプローチだ。同じ“猿”でも、竹中がプロゴルファー猿(猿じゃないが)的な感じだとすると、小日向はおさるのジョージ的くらい違う。
歴史上の人物は、作品が作られるたび、俳優の競作になっていく。見ているほうは、誰それの演じた真田幸村がどうのこうの、誰それの演じた徳川家康がどうのこうの、と語る楽しみがあるし、俳優たちも、作家や演出家と一緒になってその作品ならではの解釈や表現を見つける楽しみがあるだろう。

それこそ、三谷幸喜の監督作(当然脚本も)「清須会議」(13年)の羽柴秀吉は、「真田丸」で生真面目な長男・真田源三郎信幸を演じている大泉洋である。
織田信長が本能寺の変で亡くなってから、その後、誰が信長を継承するか会議が行われる、そこまでの5日間を、戦国大名や織田所縁の女たちが行う駆け引きの様子を面白おかしく、でもけっこうシビアに描いた「清須会議」で、大泉が特殊メイクまでして(本人いわく「ぬらりひょん」みたいな造型で、頭や耳の形に特徴がある)演じていた秀吉もかなりユニークだった。
そして、小日向文世は丹波秀長役で出演していた。15回で初登場、寧役の鈴木京香は、お歯黒で眉をつぶした強烈なビジュアルのお市の方(信長の妹)で出演。
こんなふうに、「清須会議」と「真田丸」とで俳優たちが演じる役の印象が違うからこそ、よりどっちがどっちか混乱してくる。
一方、「真田丸」で出浦を演じている寺島進は「清須会議」では黒田官兵衛役で出演。彼は「清須会議」も「真田丸」もどちらも忠実に殿に仕える役のため、醸す気配がなんだか似ていて、これはこれで混乱しかねない。
「真田丸」では「清須会議」についてはほとんど触れられていないので、こちらを見て補完しようと思うと、ちょっとだけ悩ましい。「真田丸」を見ながら、あれ、中谷美紀は出てこないの(「清須」では寧役)? とか思ってしまいそうなのだ。
違ってもいても似ていても、どんなに演技力があっても、元は同じ俳優だから仕方ないところだろう。

似ているといえば、宣伝ビジュアルまで「真田丸」と「清須会議」が似ている。


どちらも、赤をベースにキャストが同じ大きさで四角い枠の中に入っているが、同じデザイナーによる仕事ではなく、「清須会議」の宣伝ビジュアルを担当したデザイナーは「真田丸」のポスターを見て驚いたと言う。
同じく三谷幸喜の戦国もの、清須会議から大阪の陣(真田丸)へという、どちらの作品にもウィンウィンの気持ちであって、決して混乱させようと思っているわけではないと、いいふうに解釈しておこう。

15話、ここが気になる


忍の道を極めようとする佐助(藤井隆)。出浦から「空蝉の術」や「火遁の術」を習い始める。
実力派忍者・佐助というこれまでのイメージとは違い、これまで武芸の面では役に立たなすぎたのをここで反省して変わっていくっていう描き方なのか、興味深い。
(木俣冬)