ギリシャ最大のピレウス港が中国海運最大手に買収されたニュースを読んでいたら、アテネからピレウス港まで車で走った42年前の思い出がよみがえってきた。タコ配的国家運営をしなければならないギリシャ。無粋な現実が思い出を上書きしていく。写真はピレウス港。

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ギリシャ最大のピレウス港が中国海運最大手に買収されたニュースを読んでいたら、アテネからピレウス港まで車で走った42年前の思い出がよみがえってきた。しかし、甘美な思い出に浸るのもつかの間。無粋な現実が思い出を上書きしていく。そんな時代にわれわれは生きている。

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ウィーンからオリンピック航空でアテネに着いたのは1974年3月9日(土)の午後だった。投宿したのはユースホステルNo1(今はそういう名前のユースはない)。そこにも日本人のバックパッカーが何人もいた。どういうわけか、レンタカーを借りてペロポネソス半島をドライブする話がまとまった。私は後部座席に乗っていた時間のほうが長かったのでどこをどう走ったのかは覚えていない。表紙がボロボロになった当時のノートを読み返すと、23歳の若者が風光明媚な青い空と海に酔いしれたり、ミケーネ文明の遺跡の小山に登ったり、道路端の畑で買ったオレンジがうまかったことなどがへたな字で書かれている。

忘れられないのは翌朝早く島に渡る1人を車でアテネ市内から12キロほどのピレウス港まで送り届けたことだ。走っていて、道路からピレウス港の全貌が突然視界に入ってきたときは感動した。同時に、帰途道に迷い、ピレウスの市街をぐるぐる何度も走って疲労困憊したことも思い出した。坂の多い市街だったように思う。あとで高額なレンタカー料金を請求されてうちひしがれたこともしっかり覚えている。

ピレウスはアテネの外港都市。エーゲ海クルーズの拠点でもある。このピレウス港がよりによって中国の手に落ちた。ギリシャの民営化を促進している同国資産開発基金は4月8日、中国遠洋運輸集団(コスコ・グループ)とピレウス港の売却契約に正式に調印した。ピレウス港を運営する国営会社の発行済み株式の67%を2段階に分けて合計3億6800万ユーロ(約450億円)で売却する。当初は51%を売却し、コスコ側が港湾の整備・開発事業への投資を計画通り実行していることが確認されれば、5年後に残り16%も売却する内容だ。

ギリシャは既に08年に、コスコとの間で、ピレウス港の2号および3号埠頭(ふとう)の35年間リース契約を締結し、コスコは10年から正式運営を開始。15年からは3号埠頭の拡張工事に着手している。同港の年間貨物取扱量は14年には約300万TEU(1TEUは20フィートコンテナ1個分)に拡大。3号コンテナ埠頭拡張工事が完工すれば、取り扱い能力は620万TEUに膨らむ見通し。ピレウス港に陸揚げした製品を、新たに完成した貨物線(17キロ)で貨物ターミナル駅(スレアシオ)に運び、そこからマケドニア、セルビア、ハンガリー、オーストリア、チェコなど東欧諸国に輸送すれば、ドイツやオランダで陸揚げして陸送するより10日ほど短縮できる。ピレウス港は中国にとって「欧州への入り口」となる。

昨年2月には中国海軍最大の大型揚陸艦「長白山」が寄港しており、ピレウス港を自国海軍の補給基地として利用することも構想している。経済をテコにギリシャとの連携を深め、地中海を自国の安全保障に組み入れることも可能だ。

経済危機に苦しむギリシャは欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)の支援を受けて財政再建中。民営化は支援実行の条件でもあり、昨年12月には国内14空港の株式をドイツのフラポート社に売却。ピレウス港の売却も大型国有資産売却の第2弾。自らの身を切り売りしながらタコ配的国家運営をしなければならないギリシャ。貧乏学生の青春の思い出も冷徹な現実に容赦なく塗り替えていく。それが今の時代だ。(編集委員・長澤孝昭)