●作品ごとに、違う表情を見せる若手女優

 このところ、ぐんぐん存在感を強めているのが、この女優だ。二階堂ふみ。最初に映画で彼女を見たのは、園子温監督の『ヒミズ』で、その後『脳男』『地獄でなぜ悪い』『ほとりの朔子』『私の男』と立て続けに出演作を重ねて来たが、それぞれの作品での彼女の表情というか存在感がすべて異なっていることに驚いている。例えば最近彼女が出演した3本の映画『蜜のあわれ』『オオカミ少女と黒王子』『ふきげんな過去』を見ても、その演技と存在感がまるで違うのには、改めて驚き、そして困惑した。今では雑誌連載もこなし、テレビのバラエティ番組にレギュラー出演するなど、活動範囲を広げている二階堂ふみの言動を知るにつれ、この子がいったい何を考えて女優をやっているのか、あるいは自分自身のことをどう捉えているのかについて、知りたいという気持ちを抑えきれなくなった。

 今回選んだ『アダルト』下巻は、おっさんである筆者にとって理解不能、正体不明な女優・二階堂ふみが、著名人や芸能人にインタビューした書籍だが、その表紙には黒いランジェリーを身につけた彼女がセクシーなポーズをとっている。そして数ページにわたるセクシー・ショットをめくった後に現れる「はじめに」では、「表紙はかなり、艶やかに、ちょびっとセクスィな雰囲気にいたしました。小学生にとっての壇蜜を目指している私にとっては、かなりいい線いっていると思います」ときた。

 「小学生にとっての壇蜜」という比喩は、なんとなく分かるような分からないような。ただ、いかに自分の著書であるからといって、ここまでセクスィな姿を晒すことに抵抗はないのか?という疑問はある。「はじめに」を読む限り、彼女自身がそういったことを楽しんでいるように見えるのだ。


●リリー・フランキーの鋭い指摘

 とにかく本を読み進む。インタビュー本とは本来、回答する人たちの言葉を読み、理解するためのものだが今回は逆だ。インタビューを行う二階堂ふみが、その相手に向けてぶつける質問や、相手のリアクションを受けてどう反応するか。それを知ることで、二階堂ふみという女性の思考やライフスタイルを深く知ることが出来るのではないか。そんな期待をこめてページをめくった。

 石田純一、阿部サダヲ、会田誠、高橋楯、美輪明宏いった、彼女よりひと回りもふた回りも年上の男性陣に対して、物怖じせず質問を投げかけていく二階堂ふみだが、その中で出色なのはリリー・フランキーへのインタビューで、二階堂ふみの質問に答えたリリー氏のコメントが、「二階堂ふみに魅力と漠然とした違和感を感じるおっさん」の気持ちが、なんであるかをズバリ言い当てていて合点が行った。

「業界のおじいさんたちにとっては、若くて才能ある人は私生活が破綻してないと整合性がつかないんじゃない。『子供を卵で産みたい』って言いそうだなとか」。

 なるほどなあ。おかしいのは、我々の側だったんだ。二階堂ふみは、今やりたいことをやっているだけであり、それをこれまでのパターン認識に当てはめようとした、我々のその既成概念みたいな考え方のほうが間違っているのだ。


●「大人になっていく違和感を持ちながら、大人になっていきたい」

 このほか女性陣ではYOU、片桐はいり、門脇麦、大久保佳代子、吉高由里子とのやりとりが掲載されているが、面白いのは吉高由里子との対談で、二階堂が「姉やん」と呼んで慕う吉高と「大人とは?」をテーマに会話を重ねていくうちに露わになる、ふたりの女優それぞれの現在における戸惑いと「どんな大人になりたいか?」が興味深い。

 二階堂「いつの間にか時間が過ぎてて、『あっ!』と思うことが多いんです。前は追うほうだったのに、今は追われるほうになってて。自分でやることを増やしちゃってるだけなんですけどね」

 吉高「大人になっていく違和感を持ちながら、大人になっていきたいと思うな。子供にしかない牙的な、針的な尖ったものもあると思うし、大人になっていろいろと紡いでいって生まれるものもあるはずだから」

 結局この本を読んで、二階堂ふみという女優の思考回路が理解出来たかと言えば、はっきりとそうとは言えないのだが、これからも彼女や同世代の若い女優たちの自由な活躍を、時に「おいおい、こんなことしてるよ」と父親視点でハラハラしながらも、躊躇せずやりたいことをやり遂げる彼女たちを、眩しく見届けたいと思う。

(文/斉藤守彦)