アメリカの西海岸にあるアメリカ第2の都市ロサンゼルス。そこからさほど離れていない場所にロングビーチはある。

 この海沿いの街は、華々しいストリートレースを開催する街として、アメリカばかりか世界にその名を知らしめている。今から42年前の1975年にフォーミュラ5000というアメリカのトップ・フォーミュラ・カーによるレースを行なった後、1976年からはF1グランプリの舞台として1983年までレースを開催し続けたからだ。

 1984年からはインディカーのレースを行なってきたロングビーチだが、2013年にひとつの歴史が作られた。佐藤琢磨が日本人ドライバーとして初めてインディカー・シリーズのレースで優勝を飾ったのだ。

 元F1ドライバーの琢磨だが、インディカーに来て以来、彼が得意にしているのはストリートとオーバルだ。どちらも壁を恐れず豪快に走らなければならないが、そのためにはマシンを緻密にセッティングする能力が求められる。技術面の理解度の高さと思い切りのいいドライビングは、どちらも琢磨の強みなのだ。

 タイヤの仕様の変化、新型マシンへの移行など、ドライバーとチームは毎年何かしら新しい技術に対応し、マシンを最適化する作業に追われる。今年は、昨年導入されたエアロキットのバージョンアップが行なわれた。ホンダは昨シーズンの16戦で6勝。シボレーにアドバンテージありとの判断から、今シーズン向けのホンダのエアロキットはより大きな変更を施すことが許された。つまりは、ライバル陣営より大きな変化に対応しなければならないのだ。

 予選の前に行なわれたプラクティスは3回。最初の1回目には5番手のタイムを出した琢磨だが、その後の2回は中団グループに埋もれた。しかし、予選では8位に。予選はシボレー勢がトップ6を独占。7位がホンダ勢トップのジェームズ・ヒンチクリフ(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)で、琢磨がそれに続いた。

 プラクティスの後、琢磨は自分とチームメイトの走行データをエンジニアたちと見直し、長い議論の末にまったく新しいセッティングに行き着いた。予選でのマシンは見違えるようにコーナーでの安定感が増しており、8位を得ることができたのだった。

 それでもまだ琢磨は自分のマシンに満足していなかった。土曜日のエンジニアとのミーティングも、パドックのトランスポーターの中で夜遅くまで続いた。インディカーのロードレースでは、ソフトとハードの2種類のタイヤが供給され、それらを両方ともレースで使わなければならないのだが、予選までの琢磨は硬い方のブラック・タイヤでの走りに納得がいっていなかった。

 明けた日曜日も、ロングビーチは雲ひとつない快晴になった。強い日差しが照りつけ、路面の温度は朝からジリジリと上がっていった。暑さの中で1.968マイルのコースを80周するレースでは、タイヤへの負担が大きくなると予想された。

 琢磨は予選で数周を走ったレッド・タイヤ(柔らかいコンパウンド)を装着してスタートを切った。新品のレッドはレースの最後で使う作戦だ。スタートが得意な琢磨だが、今回は8位をキープ。そこから25周にわたってポジションを守り、ピットロードに滑り込んできた。

 燃料を補給し、タイヤをブラックに換えてコースに戻ると、琢磨の順位は7位に浮上していた。ピットストップ作業の差でヒンチクリフの前に出たのだ。

 レース中盤は膠着状態に近く、琢磨はポジションキープのまま2回目のピットストップに向かう。今年のレースではアクシデントがゼロで、ストップするマシンもなかったことから、イエローフラッグが一度も出されなかった。レースはハイペースで進み、同時に燃費セーブの重要性が高まった。

 琢磨は1回目の走行より3周長く走って2回目のピットストップを行なった。装着したのはもちろん新品のレッドだ。この作戦が功を奏し、琢磨はチーム・ペンスキーで走る強敵ウィル・パワーの前へ、ひとつポジションを上げてレース復帰を果たした。クルーのピット作業の速さと、ピットアウトからの琢磨の攻めの走りによって順位を入れ替えることに成功したのだ。

 さらに67周目、もうひとつの強豪チームであるチップ・ガナッシ・レーシングで走るトニー・カナーンを琢磨はパスした。「相手がヘアピンで一瞬リヤを滑らせた、その瞬間にプッシュトゥパスのボタンを押していた」と琢磨。オーバーテイクの少なかった今年のロングビーチだが、琢磨は上位陣のバトルの中でそれを一度だけ実現した。

 5位となり勢いに乗った琢磨が次に迫ったのは、開幕戦ウィナーのファン・パブロ・モントーヤ。こちらもチーム・ペンスキーのドライバーだ。琢磨はカナーンを抜いた後に彼との差をすぐさま縮めたが、オーバーテイクの決定的チャンスはとうとう最後まで訪れなかった。

 燃費の厳しい状況だっただけに、勝負どころを見つけたら一度で相手を仕留めなくてはならない。防戦一方となっていたモントーヤだったが、巧みにオーバーテイク・ラインを潰して走り、2台はテールトゥノーズのまま重なるようにゴール。その差は0.0756秒しかなかった。

「プラクティスでの苦戦を考えれば、レースはとてもよかった。イエローが出ず、小さなミスさえ許されない緊迫した戦いがずっと続いていたが、クルーがすばらしいピット作業で頑張ってくれた。予選まででは2種類のタイヤ両方でのパフォーマンスを高くできていなかったが、レースではどちらのタイヤでもトップグループのハイペースについていくことができていた。チャンスを見つけてコース上でのオーバーテイクもできた。上位陣に一切リタイヤがなかった今回、僕らの成績は望み得る最高のものだったと思う」と、琢磨は語る。

 ロングビーチでのAJ・フォイト・レーシングの戦いぶりには安定感があった。2カー体制にして2年目のチームが、総合力を上げていることが感じられた。琢磨のポイント・スタンディングは9位から6位に浮上した。

天野雅彦●文 text by Masahiko Jack Amano