今年パリにとんこつラーメンで有名な一風堂が店を出した。欧州内への出店はロンドンに続き2店舗目だ。ロンドンほどではないにせよ、近年パリも日本から新たなラーメン屋の進出が相次いでいる。いくらラーメンが現地の人に受け入れられつつあるといっても、日本で店舗を営むのとは環境的にガラリと変わる。そこにはどのような日仏の差があるのか? 一風堂パリの責任者である力の源Global Holdingsフランス事業部長・山根智之さんにお話を聞いた。



すべてが日本のようには進まない


――パリでラーメン屋を開店するにあたって何が大変でしたか? 
大変なことは山ほどありました。まず物件探しで苦労しました。日本国内の場合、専門の不動産エージェントに希望を伝えれば、いくつかイメージした物件がすぐにピックアップされてきます。ところがパリではそうはいきません。条件に合うような物件がなかなかありません。そもそも街全体が世界遺産のようなものですし、築100年を余裕で超えるような古い建物ばかりです。新しい建物ができないため、煙突、厨房の広さ、排水配管、ガスや電気の容量など、出したい店舗条件に合う物件を探すのが大変でした。決定までには100件以上の物件を見て1年弱の時間がかかりました。

――物件探し以外にも日本にはない部分で戸惑いはありましたか? 
賃貸契約でしょうか。日本の場合だと、基本的に契約はテナントと家主の間で結ばれます。しかしフランスは、その建物に部屋を持っている他の家主や、住民との合意も必要です。彼らが首を縦に振らなければ店を出せません。その調整に時間を要しました。また景観保護の観点から、店舗正面につける明かり1つ変えるのにもパリ市当局に申請が必要ですし、何をするにせよ、とにかく手続きに時間を取られます。

――フランスでは工事の遅れも日常茶飯事ですが。
そうですね。ただデザインを渡して「やってくれ」というだけでなく、「なぜ我々がこういうデザインにしたいのか」をきっちり説明しないと、工事業者は理解してくれません。最初は「できる」と言っていたのに、工事が進んでから「できない」と言われることも頻繁にありました。時間や納期が守られることも少ないです。内装の解体工事をしたところ、建物が古いため建物全体を支える柱が腐りかけていたこともありました。ありとあらゆる問題に直面したと思います。



――工事が遅れた結果、先に開くはずだった1号店より先に2号店がオープンしました。フランスで「遅れ」は避けられないのでしょうか。
いえ、やり方はあると思います。1号店の苦い経験があったため、2号店ではその教訓を生かせました。結果、1号店では9カ月に伸びた遅れを、2号店は3カ月間に縮め、2号店を先に開けることができました。

麺は残してもスープは飲み干すフランス人


――ラーメンの食べ方に日仏の違いはありますか? 
フランス人からすると、ラーメンはスープ料理というカテゴリーに入るようです。麺は残してもスープはきれいに飲み干す人もよく見かけます。日本と逆ですね。ラーメンのしょっぱさや脂っこさは特に気にならないようです。

――日本の味を再現するため、材料は日本から取り寄せたものを使っているのでしょうか? 
日本でしか製造されていないものは日本から持ってきますが、ほとんどは現地食材を使っています。日本とは生産環境が異なるため、そこから生まれる味の違いはもちろんあります。しかし一風堂としての味の枠に収まるように仕上げています。じつは日本国内の店舗も味は均一ではなく、各地域で少しずつ変えているんですよ。

――麺をすする文化がないフランスでは、熱いスープのラーメンは食べづらく敬遠されがちです。スープの温度も日仏で変えていますか? 
いえ、熱々で出しています。フランス人のお客様から「少し冷ましたものをくれないか」と頼まれることもありますが、ラーメンは熱いスープに入ってこそラーメンですので、そこは変えず日本と同じように提供しています。


――フランスは日本より食事に時間をかける人が多いです。ラーメンもそうでしょうか?
日本だと、店に入って注文してすぐ食べて出る、というお客さまが多いです。一方でフランスは、特に週末の夜にもなると、餃子など前菜から始めて、しっかりお酒を飲み、ラーメンを注文してゆっくり過ごされるお客さまが多いです。1組1時間から1時間半。長いお客様では2時間ほど楽しまれることがあります。そのためお酒の種類もビールだけではなく、日本酒やワイン、シャンパンを置くなど、食事のスタイルに合わせて柔軟に対応しています。将来的には前菜やデザートの幅を広げ、コース料理のようにラーメンを楽しんでもらえればと思います。

――様々な宗教・文化背景を持つ人がいるフランスでは、使用する食材も日本以上に気を使うと思います。
イスラム教徒など豚を食べられない人も多いため「茸香るベジ麺」というベジタリアン向けラーメンを置いています。キノコと昆布から取ったダシに、パプリカ粉を少し混ぜた麺、チャーシューの代わりにエリンギを添え、トッピングにラタトゥイユ、フレッシュ・スライスしたビーツやフェンネルを合わせたものです。



理解できない時は納得するまで説明する


――日本で飲食店を訪れたフランス人が驚くことの1つに、接客時の声の大きさがあります。接客も日本風に行っているのでしょうか? 
ラーメン屋として活気は出していきたいと思っています。そのためフランス人スタッフ全員が「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」という日本語を言えるようにはしています。ただ、こちらの飲食店は日本より落ち着いた空間が好まれる傾向にありますから、単に大きな声を出すのではなく、お客様との距離を考慮し、声のボリュームの調整をするよう努めています。

――異文化でのスタッフ教育をどう感じていますか? 
日本人と比べて時間にルーズだったり、身だしなみの感覚が異なったりしますから、日々大変です。「日本ではこうやっているから」という理由だけでは彼らは受け入れません。器の持ち方1つにしても、「なぜそのように持った方がいいのか」をきちんと理由を説明して、話し合うことが大切です。そのためのコミュニケーションがとても必要になります。



――店内で働くスタッフはほぼフランス人ということですが、ラーメンもすべてフランス人に任せているのでしょうか?
厳選された部位の異なる骨から、ベストなタイミングでスープを採り出す技術や、ジューシーでとろける旨味のチャーシューを調理する技術など、高度な工程は日本人赴任者が行っておりますが、他の部分は現地スタッフで、ほぼこなせるようになりました。後々は、すべてを現地スタッフで行えるようにしないと、店自体が長続きしないと思います。うちで働いたことがきっかけとなり、「将来ひとりでラーメン屋をやりたい」というスタッフが出てくると嬉しいですね。人材含め日本から何から何まで毎回丸ごと持ってくるのではなく、その国に密着していきたいです。

――フランスでラーメンを作ることをどう感じていますか? 
ラーメンはあくまでメッセージを伝える媒体だと思ってます。そのメッセージというのは、日本の食文化であり、その過程にある個人の成長であったり、そこから生まれる社会的貢献、そして幸せだったりします。我々が今パリで、こうしてラーメンを作っていられるのも先駆者がいたからこそですから、その思いは常に持っています。蒔いた種が根を張り、そこから色々な花が咲くように、ラーメンがさらにフランスで根付いていけばいいですね。
(加藤亨延)