「アウトサイダー・アート」というジャンルがある。正規の美術教育を受けたことのない人の手により生み出されるアートのことだ。作家は、障がい者、死刑囚、子ども、高齢者など実にさまざまで、その作品は私たちが普段目にする「アート」にはない独特の魅力を持ち、見る者に強烈な印象を残す。

そんなアウトサイダー・アートを展示するギャラリー「クシノテラス」が4月29日、広島県福山市に誕生する。アウトサイダー・アートの魅力とは何なのか? 見る者に何を与えるのか? 同市の「鞆の津(とものつ)ミュージアム」でキュレーターとして数々のアウトサイダー・アートを世に送り出したのち独立、「クシノテラス」を設立した櫛野展正(くしの・のぶまさ)さんに聞いた。

言葉ではない方法で、生きざまを訴える

――アウトサイダー・アートには、どんなものがあるのでしょうか?

櫛野展正さん(以下、櫛野):廃材を車に貼り付けた作品もあれば、電飾、カーステレオ、カーナビ、バックモニターなどあらゆる装備を搭載したデコチャリ、2万匹の昆虫で作られた千手観音像など、いわゆる「アート作品」にはない独特の作品が多いですね。社会の周縁にいる人たちが、言葉以外で自分の気持ちや生きざまを訴える手段になっていることが多いので、迫力があります。

ガタロさんの作品

櫛野:例えばこれは、広島市の市営基町アパート1階にあるショッピングセンターで、30年以上専属清掃員として勤務しているガタロさんの作品。彼は清掃の仕事が一段落すると、拾ってきたクレヨンや鉛筆で絵を描き始めます。描くのは、友人のホームレスや掃除道具など、社会的にあまり注目されることのないものたちです。

人々への恨みを感じさせる「仮面」

――一度見ると、まぶたに焼き付いてしまうような強烈な作品が多いですね。

櫛野:そうですね、ガタロさんの作品のほかにも、例えば、栃木県那須塩原市にある私設博物館「創作仮面館」は衝撃的でした。

私設博物館「創作仮面館」

櫛野:2万点以上の自作の仮面で飾られた館で、作家は普段から目深帽子とマスクで決して素顔を見せず、本名や生年月日も未公開。「仮面館」ではあるものの、ほとんどの日が休館中で、誰も立ち入れないように建物内は草で覆われているんです。

私設博物館「創作仮面館」の作家による仮面

櫛野:作家の話から推測すると、もともとはアート業界で活躍していたものの、30年ほど前に土地を買って館を建てたようです。アート業界でいやな思いをしたからなのか、飾られた仮面の数々には人間への恨みが込められているようにも感じます。あえて社会とつながらずに自分の表現を続ける、生き方そのものがアウトサイダーだと感じました。

死刑囚には、漫画を描く人もいる

――「クシノテラス」では、2016 年 4 月 29 日(金・祝) 〜 8 月 29日(月)の展示「極限芸術2〜死刑囚は描く〜」にて、死刑囚の作品も展示されるそうですね。

林眞須美さん「死刑」

櫛野:「和歌山毒物カレー事件」の林眞須美(はやし・ますみ)さん、秋葉原通り魔事件の加藤智大(かとう・ともひろ)さんなど、よく知られる死刑囚の絵を展示します。死刑囚の作品というと、「懺悔」をテーマにしたもの、キリスト像や仏像をモチーフにしたものなどを思い浮かべる人もいるかもしれませんが、実際には拘置所の中で漫画を描く人もいるんですよ。「死刑囚の作品はこういうものだろう」という見る側の色眼鏡を壊すギャップにおもしろさがあります。

障がい者は福祉を受けるだけの人々ではない

―――そもそも櫛野さんは、どのようにしてアウトサイダー・アートに関わることになったのですか?

櫛野:僕は「鞆の津ミュージアム」の母体となった福祉施設で、生活支援員として2000年から16年間働いていました。そこは知的障がい者の方が暮らす施設で、「障がいのある人たちは福祉サービスの受けるだけの存在なのか」と自問自答した結果、受動的な入所施設の暮らしの中で障害のある人の自己主張できる機会や場所作りを目指したいと思ったのです。そこで僕は就職と同時に、それまで行われていた作業活動ではなく、絵画活動のサポートを始めました。彼らの作品は国内外の美術展で紹介されるなど活躍の場が広がっていったのですが、親が亡くなってしまったあとのことを考えると、アート活動を通した経済的自立が急務ではないかと感じていました。

2012年には、築150年の蔵を改修して「鞆の津ミュージアム」がオープンし、僕はそれまでの経験をもとにアウトサイダー・アートのキュレーターを務めることになりました。そこで、地域で人知れず表現活動を続けている人たちと出会い、彼らの作品は素晴らしいものであるにもかかわらず、社会から「価値のないもの」として無視されている現実に直面しました。

さらに、「鞆の津ミュージアム」は2015年12月13日を最後に、それまでのような挑戦的な自主企画展が終了してしまいました。僕は今後もアウトサイダー・アートの作家たちに作品を発表する場を確保したいとの思いから、広島県福山市花園町にある築30年ほどのビルを改修し、自前のギャラリーを作ることにしました。

作家の経済的な自立を目指したい

―――「クシノテラス」では、展示のほか、作家本人が希望する場合には、販売も行うそうですね。なぜ、こうしたギャラリーをオープンすることになったのでしょうか?

櫛野:理由は2つあります。ひとつは、作品に対してきちんと対価をもらうことで作家が経済的に自立できるようにしたかったから。アウトサイダー・アーティストたちの多くは、残念ながら経済的に苦しい状況にあります。高齢の障がい者の場合、親が亡くなれば障害基礎年金をたよりに暮らしていくしかありません。元受刑者なども含め、多くのアウトサイダー・アートの作家が暮らしに不安を抱えています。

一方、現代アート業界では、幼少期より統合失調症を患いながらも前衛的作品を世に問い続けている草間彌生(くさま・やよい)さんのように、何らかの障害がありながら活動している作家の作品が高値で取り引きされている。実際に海外で売買の現場を見ていても「これからはアウトサイダー・アートが主流になる」と直感したこともあり、今回のオープンに踏み切りました。

もうひとつの理由は、作品をいい状態で残したかったから。アウトサイダー・アートはセロハンテープや画用紙など身近な素材で作られ、また定着剤を使うなどの処理がなされていないため、美術館での所蔵が難しいのです。かといって、膨大な数の作品を良好な状態で保管できる場所もない。ベストな保存方法は、個人コレクターに購入してもらうことではないかと考えたのです。

櫛野展正さん

「社会の常識」を揺さぶる衝撃

――アウトサイダー・アートを扱う上で、何か課題はありますか?

櫛野:ひとつは周囲の理解ですね。作家のなかには、知的障がいを抱えていて、自分で「作品を展示したい」「作品を売りたい」といった意思表示ができない人も少なくありません。以前、知的障がいのある人の作品を展示したとき、親御さんから「この子の作品を展示するのにどういう意味があるんだ? さらし者にするのか」と言われてショックを受けました。また、福祉業界からは「作品は“保護”しなきゃいけない。知的障がい者の場合、本人の売る意思が不明瞭なのだから、市場にのせるべきではない」と言われたこともありました。

あとは経営面の難しさ。今のところギャラリーは僕個人でやっているので、100%自腹です。ギャラリーの内装改修費や展覧会経費、作家の調査活動費を集めるため、今年1月からクラウドファンディングを始めました。すでに目標金額を超える金額(2016年4月11日現在で88万円超)が集まりましたが、家賃のほか、搬出・搬入費など月々の運営費はかなりの額。どう工面していくかが、目下の課題ですね。

――アウトサイダー・アートを楽しむ秘訣を教えてください。

櫛野:「この作家は◯◯の影響を受けていて……」といった知識がいらない分、一般のアートよりとっつきやすいと思います。以前、僕がキュレーターになって死刑囚やヤンキーの作品を展示した際は、「価値観が揺らいだ」という反響がありました。「社会的に悪とされる人物が作ったものに、感動してもいいのか」と。

そう考えるうちに、見る人は、「社会の常識は人間が作ったものだ」という当たり前の事実を再確認するんです。例えば「IQがこの数値より低いと障がい者」という線引きなんて、人間社会でしか通用しないものですよね。今ある社会構造がなぜ生み出されたのかを考えるきっかけにもなる。人類学や民俗学に近いところがあるかもしれません。「見て楽しむ」以上のものがあるので、ぜひ気構えずに来てください。

■関連リンク
クシノテラス
住所:広島県福山市花園町2-5-20

「クシノテラス」を設立するためのクラウドファンディング
(〆切:2016年4月22日23:59)

(編集部)