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今回のテーマは「SNSとのつきあい方」である。

すごく最近、同じようなテーマでコラムを書いた記憶があるし、実際に見返してみたら、3回前のコラムでやっていた。いくらなんでも、そんなにすぐ己が書いたことを忘れたりはしない。ここは「カレー沢怒りのお題かぶり」として、今すぐ半裸にバンダナを締め、弾帯をたすき掛けし、東京行きの飛行機に乗ろうとして捕まりたいと思う。

○ネット上での「リア充アピール欲」

私も日々コラムやTwitterなどで自虐的なことばかり書いているが、「そうは言うても、お前らが思ってるほど不幸じゃねえぞ」と、突然見えない敵との戦闘が始まってしまう時がある。

そんな時は、とりあえず屋根がある家に住んでいることを自慢しようと自宅の写真をネットにアップし、特定厨に住所を割り出されて宅配ピザが500人前届く、という様式美を流れるような動作でやってしまいたくなるものだ。

つまり、ネット上でリア充アピールをしたくなるのであるが、ツイッターでそんなことをしても、フォロワーが激減するだけだ。もし全く減らなかったら、現在私をフォローしている1万8000人は全員BOTかスパムということになる。

だから、そんな「リア充自慢」をしたくなった時用に、私も一応Facebookのアカウントを持っている、何か自慢できるようなことか、景気の良い事があった時はここに投稿しようと思ったからだ。

しかし、自慢できることは何一つなく、景気は悪くなる一方なので、Facebookへの投稿は約1年半前から止まっている。しかも最後の投稿はこれだ。

「フェイスブックは出来るだけプライベートなことを書こうと思ってはじめたけれど、今年1年プライベートでは何もなかった、いいことですね」

いつもキメキメの女が自室ですっぴん&メガネになっている所を見てしまったかのような、気まずさ漂う文章である。リア充アピールとか自虐以前に、サービス精神の欠片もない。書くことがなさすぎて、完全に素になってしまっている。 私がFacebookでのリア充アピールに躍起にならなかったのは、すでにその10年前、mixiでそれに疲れていたからだ。

SNS上では、とにかく自分を良く見せやすい。例えば、自分の体で一番自信のある部位(足の裏などがいいだろう)をドアップ&明るさ補正最大にして撮影し、それを1キロ離れた位置から人に見せれば、「なんとなく美人が映っているのかもしれない」と思わせることができる。それでも駄目なら、写真を堀北真希にでも変えればいい。

このように、ネット上では良いところをだけ切り取り、さらに好きなように加工し載せることができる。もっと言えば、完全に嘘でもいいのだ。

○リア充(に見せようとしている人)のネット疲れ

56回のコラムで書いた通り、私は10代の頃、自分の描いた二次創作を載せたり、同じ趣味を持つネット上のみの友人と交流したりするのにネットを使っていた。だが、二十歳を過ぎた頃、学生時代の友人の誘いでmixiを始めることになり、そんなネットの利用法に変化が起こった。mixiの日記は不特定の相手に見せることも可能だが、私は自分が承認したリアルの友人や知り合いだけが見られるように設定していた。

そうすると、今までネット上のオタ友たちには「刀の擬人化最高でござるなwww拙者も擬人化してもらいたいでござる。おっと拙者、元から人間でござったブフォ…!むしろそれがしラーメン二郎の擬人化かもしれぬwwフカヌポォwww」みたいなノリでコメントしていたのに、相手が知り合いになった途端、減色加工されたピンボケ写真に「そらがきれい」などと書き添えてしまうのである。

この変化は、見ている相手の多くが女の同級生というのも大きかった。「おちこんだりもしたけど わたしはイケてます」ということにしたかったのである。学校卒業後は頻繁に会う事もなくなったので、SNS上だけなら相手にそう思わせることが可能だからだ。

よって私は、mixiにイケてる投稿をするために、今じゃ考えられないようなありとあらゆることをした。オシャレなカフェ飯を写真にアップするのはもちろん、mixi内の地元コミュニティに参加し、その愉快な仲間たちと海へ行きBBQをした。さらに、別のバドミントンコミュニティにも入り、仕事が終わった後に体育館で汗を流した。そして、同級生が綺麗な風景を見たとmixiに投稿すれば、羨ましくてたまらないので、全く同じ場所に行き同じ写真を撮った。 リア充に見える日記を書くためとは言え、やっていること自体は本当にリア充っぽかったと思う。しかし、私自身の心が充実することはなかった。何故なら上記のこと全てが「嫌いなこと」だったからである。

衆目の中食うオシャレなカフェ飯より、ネットサーフィンしながら食うペペロソチーノが好きだし、肉は炎天下の屋外なんかではなく、焼肉屋で食いたい。運動は冷蔵庫に食い物を取りに行く時以外はしたくないし、綺麗な風景よりも、神絵師が描いた自分の推しキャラの絵に「尊い…尊い…」と涙を流すタイプだ。

そんな性格なので「疲弊」以外の何物でもない状態になってしまい、他人に見せるための行動はすぐやめた。前の「オタクとしてのネット疲れ」もそうだが、思い起こすと、勝手に何かにマジになって勝手に疲れているだけの人生である。

今、SNS上などで過剰に自分の充実アピールをする女を「キラキラ女子」と呼ぶらしい。聞いただけで体中の血管が爆発するパワーワードだが、ナチュラルにキラキラしている女子ならともかく「キラキラしているように見せようとしている女子」の疲労は経験から言って想像できるし、ある意味すごく努力はしているのだ。

その点、現在の私は完全に光を消している「全然キラキラしてない女子」である。長い上に、当方が女子と自称すると四方八方から鉛弾が飛んでくるので、略して「消灯おばさん」でも良い。今のこの状態は非常に楽である。

できれば、「消灯おばさん」たる私がいる時は、部屋の照明も全部落してほしい。そうすれば顔が見えず、相手に「美人かも」と思わせることができるからだ。

<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。直近では、猫グルメ漫画「ねこもくわない」単行本が4月28日に発売される。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2016年4月26日(火)掲載予定です。

(カレー沢薫)