18日、熊本県付近を震源に今月16日未明発生したマグニチュード(M)7.3を受け、県内の道路や橋が崩壊して交通インフラが遮断、中国からのツアー客20人が南阿蘇村近くの温泉旅館内で孤立状態に陥ってしまった。撮影:劉傑。

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2016年4月18日、熊本県付近を震源に今月16日未明発生したマグニチュード(M)7.3を受け、県内の道路や橋が崩壊して交通インフラが遮断、中国からのツアー客20人が南阿蘇村近くの温泉旅館内で孤立状態に陥ってしまった。その後、連絡を受けた在日本国中国領事館や関係旅行社が日本現地の救援者に連絡、日本の自衛隊がヘリコプターを派遣して救援活動を実施した。人民網が伝えた。

ツアーオペレーターの中国青年旅行社日本株式会社の関旭社長によると、当初自衛隊ヘリは電線ケーブルなどの障害物が原因で着陸ができず、ロープを使ってツアー客で最年少の女の子を最初に救出した。16日午後3時頃、障害物の除去が完了し、ヘリが着陸、2回に分けられツアー客全員が救出され、旅館内の他の観光客数十人も同時に救出された。ツアー客20人は翌17日早朝にはバスで避難所となっていた体育館を出発し、現地時間の午後4時頃、隣接する福岡県福岡市内のホテルへと移動した。

17日午後に一行がホテルに到着したところで、記者はツアー団体の代表に取材を行うことができた。ある女性観光客(70)によると、一行のほとんどが退職した高齢者で、歴史文化や旅先での写生などに興味をもっており、13日に上海を出発して九州入りして15日はバスで熊本の阿蘇山麓の南阿蘇村「清風荘」という温泉旅館に宿泊していた。翌16日未明の地震発生時の状況について、「地も山も揺れ動いていた。旅館館内の窓や扉が揺れで壊れ、室内の冷蔵庫やロッカーも大きく揺れる非常事態だった。幸い100年の歴史を有するこの旅館は倒壊することなく、皆外へと逃げることができた」と振り返る。

また、当時強い余震が途絶えなかったため、誰も旅館内に戻りたがらず、旅館の従業員が一行を駐車場のバス乗り場へと誘導し、従業員が部屋に戻って寝具や布団を一行に提供して、その場で夜を明かした。翌朝はパンやソーセージといった食べ物が支給されたという。この女性観光客は、「九州地方では稀に見る大地震のようで、旅館の方もこれほどの地震は経験したことがないと言っていた。それでも救援活動に参加して職責を全うされ、突発的な災害にあっても非常に秩序だっていた。16日午後に到着した自衛隊のヘリが我々や他の数十人の旅行客を近くの避難場所になっている体育館に移してくれた。救援時間には限りがあったので、貴重品だけしか持つことができず、スーツケースなどは依然旅館に置いたまま。帰国時に持って帰れるかはまだ分からない。しかし、旅館の方々は皆地元の方だったので、恐らく自宅も被災したに違いない。それでも救援活動に当たっていたのだから、荷物を早く持ってきてほしいなど到底誰も要求しなかった」と語った。

取材の時点で、福岡のホテルに到着した一行はすでに着替え等の生活用品を購入できていた。18日は身体を休めてから19日に帰国するという。この女性観光客は、「少々疲れはしたが、体調も精神状態も良好、生涯忘れがたい旅となった。地震を経験したものの、幸い多くの人に助けられた」と述べ、感謝の意を伝えるため、旅の途中で撮影した写真や写生作品を現地の中国領事館、旅行社、そして日本の従業員らに記念として寄贈したいと語った。(提供/人民網日本語版・翻訳/MI・編集/武藤)