エディー・ジョーンズ氏(「日本ラグビーフットボール協会 HP」より)

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 2015年のラグビーワールドカップ(W杯)イングランド大会で、ヘッドコーチとして日本代表を3勝に導いたエディー・ジョーンズ氏は、今や世界のラグビー界のリーダーである。

 ジョーンズ氏はイングランドの監督として、2月から3月にかけて行われた欧州6カ国対抗のRBSシックス・ネイションズで5戦5勝のグランドスラム(全戦優勝)を果たした。これは2003年以来のことだ。2位以下の順位はウェールズ、アイルランド、スコットランド、フランス、イタリアの順だった。

 15年12月からイングランド代表を率いることになったジョーンズ氏は、チームの新主将に29歳のフッカー、ディラン・ハートリー選手を指名した。

 08年に代表デビューし、66キャップを獲得したハートリー選手は、かみつきや頭突きなど暴力行為で度重なる出場停止処分を受け、昨年のW杯のメンバーからも外された。

 そんななかでジョーンズ監督はハートリー選手を「戦術的かつ情熱的に引っ張ってくれると確信している」と高く評価した。暴れん坊の問題児を新しいチームリーダーに起用し、昨年のW杯で1次リーグ敗退したラクビーの母国、イングランドを短期間のうちに再建した。

 ジョーンズ氏が去った日本チームのサンウルブズは、南半球の強豪クラブが集うスーパーラグビー(SR)に参戦した。初戦のライオンズ(南アフリカ)戦は13-26と敗戦、2戦目のチーターズ(南アフリカ)戦も31-32と惜敗はしたが、それなりに健闘したといえる。

 ところが、3戦目のレベルズ(オーストラリア)には9-35と完敗。初めてノートライに終わった。2度の善戦で自信が膨らみかけたところに冷や水を浴びせられる結果になった。

 その後も、勝利から遠のいている。4戦目はブルズ(南アフリカ)に27-30で、5戦目もキングズ(南アフリカ)に28-33で敗れた。キングズとは全敗対決だったが、それに負けたことで開幕5連敗と勝利をなかなか手にできないでいる。

●日本のラグビーの体制に不満

 ジョーンズ氏は3月31日、指導者セミナーに講師として招かれて来日した。そこで、SRに参戦し白星なしの5連敗中というサンウルブズについて、記者たちから意見を聞かれたジョーンズ氏は、こう語っている。

「SRを見て落胆するのは、代表チームがプレーしていないことと、若い選手を育成する部分がないことだ」

 日本は今年からSRに参戦することを決めたが、その音頭を取ったのがほかならぬジョーンズ氏だった。SR参戦の最大の目的は、若手の育成だ。若手を育てて、19年に日本で開催されるW杯でベスト8に進出するというシナリオを描いていた。

 だが、ジョーンズ氏から見たらサンウルブズは不合格だという。「好結果を残すには本当に強いチームにならないと」と日本代表に奮起を促した。ジョーンズ氏の切歯扼腕ぶりが聞こえてくるようである。

 W杯イングランド大会で3勝1敗という好成績を残し、時ならぬラクビーブームをもたらしたジョーンズ氏は、日本の強化体制の欠陥について言及してきた。具体的に彼が指摘する日本の脆弱性は2つある。

 ひとつは日本ラグビーフットボール協会の熱意。もうひとつは若手の育成だ。W杯の大会期間中から、海外メディアに日本の体制に対する不満をぶちまけていた。南アフリカ戦での輝かしい勝利を挙げた後、15年9月22日付の英紙インディペンデントはジョーンズ氏の去就について、「日本の熱意不足が退任の理由」との刺激的な見出しをつけて報じた。

 ジョーンズ氏は同紙の単独取材に応じ「スーパーラクビーのために身を粉にして働いたが、何もうまくいっていない。日本のラグビーは多くの問題があり、正しい方向に進むとは思えない。(このままの体制で)今のポジションを保てる自信がない」と打ち明けている。

 SRに新規参戦する日本チームの監督を務めてはいたが、チームの編成が大幅に遅れ、ラクビー協会の対応に不信感を募らせていた。その後、ジョーンズ氏は日本代表のヘッドコーチとSRチームの監督を辞めた。

 退任記者会見で「2019年のW杯でベスト8に進出するのは極めて難しい」と言い残して日本を去った。
 
●人事をなかなか決められない「根回し」社会の弊害

東京大学名誉教授の政治学者・京極純一氏が2月、亡くなった。享年92。代表作『日本の政治』(東京大学出版会)は学術書ながらベストセラーになった。この『日本の政治』を下敷きにすると、ジョーンズ氏が指摘する日本の体制の不備が見えてくる。

 日本の特徴は集団の内側と外側の世界を質的に区別し、内側では対立抗争を回避し、コンセンサスの合意が重んじられる決定がなされる。そんな「和の秩序」の中で、新規事業が集団に受け入れられる条件として「根回し」と「甘え」の2つをキーワードとして挙げている。

 根回しは、時間と手間をかけて周到に事前工作を行うことで集団のコンセンサスを得る。多くの日本の企業で採用されている。

 根回しのような事前工作なしに新規提案が受け入れられることがないわけではないが、提案内容の良さ(長所)が評価されたからではない。「そんなに言うならやらせてみるか」という「甘えの許容」から生まれた結果にすぎない。

 結果が良ければ「勝てば官軍」だが、成果が思わしくないと「空気に引きずられて決めたからこうなった」と主張する保守派が台頭し、新規計画は白紙に戻る。

 ジョーンズ氏は19年W杯日本大会で代表のヘッドコーチを続投してSRチームの指揮も執るつもりでいた。だが、ラグビー協会は様子見で対応が遅れた。続投の根回しに時間と手間がかかったと説明しているが、どうやらそれだけではなさそうだ。そのためジョーンズ氏は切れた。

 W杯で輝かしい成績を挙げたジョーンズ氏は、「勝てば官軍」として続投は当然だった。しかし、引き続きヘッドコーチをやってもらうというラグビー協会の意思決定が遅れ、大魚を逸してしまった。

 ジョーンズ氏はもう戻ってこないだろう。日本チームは19年のW杯日本大会で、前回のイングランド大会のような成績を挙げるのは困難だろう。1勝もできないおそれすらある。
(文=編集部)