紀伊國屋書店 新宿本店(撮影=編集部)

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 ユーミンこと松任谷(旧姓:荒井)由実の楽曲をモチーフにしたテレビドラマ『“青の時代”名曲ドラマシリーズ 荒井由実「ひこうき雲」』(NHK BSプレミアム)が3月24日に放映された。

 時は1980年代後半。バブルを前に、世の中は見せかけともいえる華やいだ雰囲気が漂っていた。男女雇用機会均等法の施行によって、女も男並みにキャリアを積めるという希望が見えてきた時代でもあった。しかし、男も社会もそう簡単には変わらなかった。
 
 このドラマでは、女どうしの友情と別れを背景に、ひとりの女子学生が自立しようともがきつつ、男社会に翻弄され、現実に裏切られた焦りや怒り、諦念、そして奮起を描いていた。50歳前後の女子は、懐かしくも切ない、あの頃の情趣を思い起こしたのではないだろうか。

 ドラマのなかでは、象徴的な場面があった。女子大生の主人公が、威張り散らす父親にテレビをつけるよう言われ、渋々スイッチを入れた。すると、ニュースが流れ、アナウンサーがこう読み上げた。

「1983年に某企業に出回った極秘の採用基準。そこには採用してはならない女性の条件として『ブス』『チビ』『めがね』『弁が立つ』など差別的な表現で細かく規定、大問題になりました。今年(1986年)4月から施行される男女雇用機会均等法。しかし、働くチャンスが増えるのか、当の女性たちは疑心暗鬼です」

 主人公はブラウン管に映し出された「採用不可 ブス チビ めがね 弁が立つ」の文字を凝視した。

●ある企業のマル秘文書

 そんなバカな採用基準があるものか――。いまならそう思うかもしれない。しかし、ドラマに登場した採用基準は事実を踏まえたものであった。当時、暴露されたある企業のマル秘文書には、こう書かれていた。

・女子社員採用にあたって留意すべきこと
 企業は人なり。そして採用は高価な買物である。良いもの、良く育つもの、適正に長もちするものを選び、粗悪品、欠陥品を掴まされてはならない。

1.採用不可の女子

(1)ブス、絶対に避けること。
(2)チビ、身長百四十センチ以下は全く不可。
(3)カッペ、田舎っぺ。
(4)メガネ。
(5)バカ。
(6)弁が立つ。新聞部に属していたものはよく観察すべし。
(7)法律に興味をもつ。前職・専攻課目・関心事に注意。
(8)慢性の既往症。再発の怖れだけでなく、疲労し易いので不満を抱き易い。

2.要注意の女子

(1)革新政党支持。その理由を質問し、その答え方の口調に注意。
(2)政治・宗教団体に関係。頭のきりかえのきかないのが多い。
(3)本籍が日本国籍でないもの。特に家が飲食店の場合は不可。
(4)職を二つ以上変っているもの。流れ者であり即戦力になるように思えても長つゞきしない。
(5)四年制大学中退者。
(6)家庭事情の複雑なもの。
(7)父が大学教授。
(8)尊敬する人物が情熱的芸術家の場合。(例)ゴッホ、林芙美子、石川啄木
(9)尊敬する人物が学校の先生の場合、どういう点を尊敬するか質問すること。

(第98回国会/衆議院予算委員会第四分科会/第2号/1983年3月5日/土井たか子議員の国会質問から抜粋 ・整理)

 バカはダメ。利口者もダメ。会社のいうことを黙って聞き、そつなく仕事がこなせればいいということだろうか。さらに、容姿にこだわり、思想・信条に踏み込み、地方を蔑み、民族差別を肯定し、病者を疎み、学歴に拘泥し、家庭環境を詮索する。まさに、これでもかという差別と偏見のオンパレードだ。

 実はこのマル秘文書の出どころは、日本を代表する有名書店のものであった。土井たか子議員(社会党)がこの文書を国会で取り上げている。

「書店でございますから文化を売るということが仕事の内容になってまいります。文化の最先端と申し上げてもいいような仕事だと思うのですが、この名前を具体的に申し上げますと、紀伊國屋書店の中で、実はこれは内部で出されておりますマル秘の判こがついている資料がここにございます」

 こう発言して、内部文書を読み上げた。

「歴然とマル秘文書として社内にあるということはいかがかと思うのです。こういうことが白昼堂々とまかり通っているということは黙って看過すべき問題ではございません」

 その上で土井議員は、労働官僚には企業に対する指導を求め、労働大臣には「男女雇用平等法」の実現を要求した。ようやく男女雇用機会均等法が成立し、施行されたのは、土井議員が国会で質問してから3年後の86年4月のことだった。

●会社側の苦しい反論

 マル秘文書の問題を社会に訴えたのは紀伊國屋書店労働組合であった。同社は当時、社員、契約社員、パート・アルバイトを含めて1000人は下らない従業員を抱えていたが、労組の組合員は2ケタ、それもかなり少ない人数だったようだ。会社からは疎まれていたからこそ、あえて組合は公的機関にマル秘文書を届け出て問題化したのであろう。

 マル秘文書を深読みすれば、労組に加入しそうな、弁が立ったり、新聞部で活動したり、革新政党を支持したり、“インテリ”の家庭に育ったりした者を水際で排除しようとする意志も感じられる。

 83年6月10日付朝日新聞(東京版)記事『婦人団体が謝罪求む 紀伊國屋書店ブス文書問題』は、次のように報じている。

「労組は『雇用差別』『女性差別』と抗議、会社は一定の非を認め、文書を破棄処分にするにしつつも、『採用基準として使ったことはない』と譲らない」

「会社側は、労働省の行政指導もあって廃棄処分にしたが、『文書は四十七年(1972年)に人事担当者の研修会で出た意見をまとめたもので、これを女子社員の採用基準にしているわけではない。マル秘文書が外部に出たことは残念だ』と不満顔」

 同記事によると、文書は各店舗・営業所に配布されていたという。内部資料だから、採用基準にはしていなかったというのは、苦しい言い分であった。

 ただ、新聞やテレビが報道し国会質問にまで発展したにもかかわらず、出版社系の媒体ではほとんど報道されなかった。紀伊國屋書店が自社出版物の販売を取りやめることを恐れ自粛したのだろう。ちなみに、2013年に出版された『新宿で85年、本を売るということ 紀伊國屋書店 新宿本店 その歴史と矜持』(メディアファクトリー/永江朗)でも、事件には触れていなかった。

 このような採用差別とはすでに決別したであろう紀伊國屋書店にとって、30年以上前の「黒歴史」をドラマ内で掘り返されたのは心外だったかもしれない。しかし、当時の女性が置かれた立場が露わになり、均等法成立のきっかけのひとつとなる歴史的な事件だったことは明らかだ。

 同ドラマは、かつて女性に対する強烈な差別が横行していたことを思い出させてくれた、秀逸なドラマであった。
(文=岡本マルシ)