写真提供:マイナビニュース

写真拡大

マイナンバー制度がスタートし、多くの企業で制度対応の準備を進め、すでに従業員等からのマイナンバーの収集もある程度完了している企業があるなかで、まだこれからという企業もかなり残っています。

こうしたなかで、前回も取り上げた、東京商工リサーチのマイナンバー制度に対する企業アンケートでは、約75%の企業がマイナンバー制度に「メリットを感じない」と答えています。

なぜこんなにも多くの企業がメリットを感じないのか、今回はこうした現状が抱えている課題を考えてみます。

○多くの企業がマイナンバー制度にメリットを感じないとしている理由は?

東京商工リサーチが実施したアンケート調査で、「貴社にとってマイナンバー制度の一番のメリットは何ですか」との問いに答えた結果が[図1]です。

「貴社にとってマイナンバー制度の一番のメリットは何ですか」と問われているのに、皮肉なことに約75%の企業が「メリットはない」という回答をしています。

一方、メリットがあげられた回答では、「情報管理の利便性向上」や「業務の効率化」、「業務の削減」といった業務運用面のメリットをあげる回答が、「公平性が徹底される」といった社会的なメリットをあげる回答を上回っています。

この東京商工リサーチのアンケート調査では、最初の問いで「マイナンバー法の内容について、どのくらいご存知ですか?」という問いがあり、「概ね知っている、よく知っている」という回答が64.0%、「少し知っている」が31.9%、「あまり知らない、ほとんど知らない」が4.2%となっています。先の質問で具体的に制度のメリットをあげたような企業は25%程度ですが、これらの企業は制度の内容もよく知っている層ではないかと思われます。ただし、それらの割合が25%たらずにしかならないということは、よく知っているとしている企業も含めて「メリットはない」と感じていることになります。

では、なぜ「メリットはない」と感じているのでしょうか? [図2]は同じくこの調査で「貴社にとってマイナンバー制度の一番のデメリットは何ですか」という問いに対する回答です。

「デメリットはない」とする企業もわずかながらありますが、大半が具体的なデメリットをあげており、これをメリット以上に強く感じる企業ほど「メリットがない」と感じる理由になっていると思われます。

最も多くの企業がデメリットとしてあげた「情報漏洩のリスク」は、前回調査(2015年6月〜7月)では53.3%で12.7ポイント下がっており、マイナンバー制度への具体的な対応が進んでいる企業が増えていることにより下がってきていると思われます。そのほか、「業務の煩雑化」や「業務の増加」、「コスト増加」などは、紛失や漏えいなどのリスクに対処しながらマイナンバーの取り扱いを強いられていく企業の立場からすれば、デメリットとしてあげることが当然の内容ということができます。

こうしたマイナンバーの取り扱いが強いる負担やマイナンバーの漏えいリスクが、マイナンバー制度に「メリットはない」と感じる大きな理由になっていると考えられます。

○多くの企業が「メリットはない」と感じる現状の課題を考える

では、マイナンバー制度に「メリットはない」と感じる企業が約75%もいる現状の課題はどこにあるのでしょうか?

マイナンバー制度は「利用」という側面から考えると3つに分けて考えることができます。一つは「マイナンバー」そのもの、次に「マイナンバーカード」、そして「マイナポータル」です。企業版マイナンバーと呼ばれる「法人番号」も「マイナンバー」として考えてよいでしょう。「メリットはない」と言われているのは、主に「マイナンバー」そのものの利用を指していると考えられます。であれば、「マイナンバー」そのものがどのように利用されるのか、そして企業はそこにどのように関わっていかなければならないのか、それをもう一度整理し理解することが現状の課題ではないでしょうか?

このマイナンバーの利用は何を目的としているのでしょうか。改めて整理してみましょう。 [図3]は内閣官房がマイナンバー制度についての講演会などで使用している資料から、マイナンバー制度の導入趣旨を説明したものです。

この図の「効果」で私が下線を引いた、「より正確な所得把握が可能となり、社会保障や税の給付と負担の公平化が図られる」の部分が、災害対策をのぞけば、マイナンバーそのものが利用される目的をよく表しています。マイナンバーは「正確な所得把握」のために利用され、「正確な所得把握」によって社会保障や税の給付と負担の公平化も実現されるということです。

そのために、企業は所得把握に必要な提出書類や社会保障の給付・負担に係る提出書類にマイナンバーを記載することが義務づけられることになります。ただし、「利用」という言葉の使い方からすると、こうして企業がマイナンバーを記載することも政府の資料では「利用」と呼ばれていますが、行政側が「所得把握」のためにマイナンバーを利用することが本来の意味で利用であり、企業はあくまで行政側の利用をサポートする役割を担っていくことが求められているにすぎません。そのために行政側でマイナンバーを利用する場合は「個人番号利用事務」と呼ばれ、企業がマイナンバーを取り扱うことは「個人番号関連事務」と呼ばれています。

こうした「利用」という言葉の使い方のあいまいさや、当初本来の目的である「所得把握」のための書類だけでなく、多くの書類にマイナンバーの記載を求め、その後制度の施行後に記載不要と改定する(本人交付の源泉徴収票や個人事業主の税務関連の申請・届出など)などのドタバタした行政側の動きが混乱を招き、マイナンバーそのものの利用に対する正確な理解を阻害している面があるのではないでしょうか。

○マイナンバーを正しく取り扱うことは企業の社会的な責務と考える

マイナンバーそのものは企業が利用するものではなく、行政が「正確な所得把握」のため、またそれにより「負担と給付の公平化」に利用するものとして理解し、マイナンバーそのものの取り扱いに企業としてのメリットを求めることは意味がないことをあわせて理解しておく必要があります。従来、当たり前のように行ってきた法人税(個人事業主の場合は所得税)や消費税などの申告も、事務負担のわりに企業に直接的なメリットはありませんが、法的な義務として正しく申告することにより社会的な責務を果たしているという評価は得られます。

マイナンバーも同様に、記載が義務づけられた書類に正しくマイナンバーを記載して提出することで、「正確な所得把握」およびそれによる「負担と給付の公平化」の実現に寄与していくことで、企業としての社会的な責務を果たしていくという考え方をすべきなのではないでしょうか。

ただし、税の申告に比べ、マイナンバーは故意の漏えいに対しては厳しい罰則が設けられており、故意ではないにしても紛失や漏えいがあれば、社会的な評判を落とすことも考えられます。その点がマイナンバー特有の課題としてあることは事実です。特に、これまで個人情報保護法の規制を受けてこなかった中小企業にとっては、マイナンバーの紛失や漏えいリスクへの対応が重い課題になっていることは間違いありません。

ここは、リスクをあげつらうのではなく、冷静にマイナンバー対応を進めるなかで、どこにリスクがありどう対処すれば良いかを考え、対応策を講じていくしかありません。実際に、東京商工リサーチのアンケートでも、漏えいリスクをデメリットとして回答する企業の割合は、マイナンバー対応が進むにつれて減ってきています。

中小企業も含めてすべての企業は、従業員等のマイナンバーを取り扱うことから逃れることはできません。また、マイナンバーそのものを取り扱うこと自体に企業にとってのメリットもありません。そこは割り切って、だからこそ、紛失や漏えいリスクを最小化できるようなマイナンバー対応を進めていかなければなりません。今年に入ってマイナンバーを記載した書類の提出が始まっていますが、本格的にマイナンバーの取り扱いがピークを迎えるのは、源泉徴収票や支払調書などマイナンバー記載書類が提出される来年の1月ということになります。マイナンバー対応準備は早いにこしたことはないですが、幸いピークまでは時間があります。

すべての中小企業が、マイナンバーを取り扱うことは、企業として社会的な責務を果たしていくことなのだという自覚をもって、マイナンバー対応を進めてほしいと思います。

著者略歴

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。

(中尾健一)