「あなたは、すごく細かいことを気にするのね?」

 クリクリした瞳に、好奇と少しばかりの戸惑いの光をたたえながら、大坂なおみは楽しそうに笑って言った。

 グランドスラムに次ぐグレードの大会であるマイアミ・マスターズ2回戦で、大会14シードのサラ・エラーニ(イタリア)を破った後の会見での一幕。

 第1セットの自分のサービスゲームで相手にひとつのポイントも与えなかったこと、あるいは、この大会のコートの特性や相性について聞かれた18歳の少女は、「そんなこと、まったく気にしてなかったわ。私にとって、テニスはテニスだもの」と返答する。そのやりとりを見ていたイタリア人記者が、笑い声を交えながら大きな声で指摘した。

「あなたは、こういう状況に慣れなくちゃいけないわ! だって、この手の質問って記者が偉大な選手にする、とっても典型的な内容ですもの。あなたは偉大な選手になる。だから、そのうち慣れないと!」

 そんなものなのかな......そう不思議に思っただろうか、大坂はまた、はにかんだ笑みを浮かべた。

 周囲の人たちは、自分がこれまで考えもしなかった"細かいこと"を気にするものだ――。それは、おそらくこの1〜2年で大坂が幾度も直面してきた、戸惑いと疑問だろう。なかでも彼女をもっとも困惑させるのは、国籍に関する問いの数々。予選を突破し、3回戦に躍り出た今年1月の全豪オープンでも、大坂は会見のたびに各国の記者たちから、生い立ちや国籍選択に関する質問を投げかけられた。

 ハイチ出身でアメリカ国籍の父と、日本人の母親を持ち、生まれは日本だが、3歳のころからアメリカ育ち――。そのような国際色の豊かな履歴は、時速200キロの超高速サーブに代表される潜在能力と相まって、多くの関係者たちの関心を引く。しかし、彼女はその手の質問を受けるたび、少し口をすぼめて、迷子のような表情を見せてきた。

「あの子は、国籍や人種というようなことは、何も気にしていないと思いますよ。今はテニスのことに集中して、日本人として頑張っていく......ということしか考えていないはず。テニスでうまくなって、大会に出て、自分のベストを尽くす。本当に単純にそこだけで、親が何人だとか、そんなことにはまったくとらわれていないと思います」

 娘の想いをそう代弁するのは、母親の環(たまき)さんである。

 たしかに、それもそうだろう。人種の坩堝(るつぼ)であり、数代さかのぼれば、すべての人がどこかしら異国からの移民であるアメリカでは、彼女のような境遇は特別珍しいものではない。彼女が抱いている「自分は自分」との想いは、細かいことに煩(わずら)わされず、「テニスはテニス」の本質をとらえる視座とも重なる。

 同時に彼女にとって、「日本人として、東京オリンピックに出場すること」が大きなモチベーションになっているのも、また間違いないようだ。

「すごく東京が気に入ったようですよ。『有明コロシアムは、私のホームコート』と言っているくらいだから」と、母の環さんは笑って明かした。

 最近の大坂は、その大好きな東京で時間を過ごす機会が増え、ツアー中でも土居美咲や奈良くるみら日本のトッププレーヤーと練習をともにすることも多い。若さと、他の日本人選手にはないパワーを備える大坂の存在は、周囲にもよい刺激を与えているようだ。

 日本選手のなかで"お姉さん格"となった奈良は、「みっちゃん(土居)とも話していたんです。なおみちゃんが将来的にも、日本国籍でプレーしてくれたらいいなって」と言って、柔らかく笑った。

 その奈良の言葉を大坂に伝えると、本人曰く「普段は感情が表れにくい」顔をパッと輝かせ、「すごく嬉しいし、光栄。くるみさんと美咲さんは、私の"センパイ"だもの!」と声を弾ませる。「Thank you」と英語で言いながらも、首をすくめるようにしてペコリと頭を下げる姿は、日本人以上に日本人らしく映った。

「なおみ」というインターナショナルな名前には、「英語でもフランス語でも通用するし、特に日本では完璧な日本の名前として馴染みやすいし、呼びやすい」という、母の想いが込められている。"センパイ"たちからのエールを聞いて、はにかみ笑うその姿は、欧米風に呼ぶ「ナオーミ」ではなく、親しみやすい「なおみちゃん」そのものである。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki