「しっかり心をつかんでしまえば、あとは給料の額によらず働いてくれる人たち」とタイ人を評する赤熊さん。タイ語はまるでネイティブ。細かいことにまで口を出すため、タイ人スタッフから「外国人のタイ語は片言のほうがいい」と言われることがあるほど【撮影/『DACO』編集部】

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バンコク発ビジネス・生活情報誌『DACO』編集部が、タイの日本人起業家たちを訪問し、その苦労、楽しみ、成功の秘訣を聞いてみた。今回はタイ初の日本流訪問介護ビジネスを始めた赤熊佑太さんさんが登場。

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Sakura Kaigo (Thailand) Co., Ltd.
赤熊佑太さん(Managing Director)

様々な事業に着手しているうちに思いがけない出会い

 大学の研究員としてタイでフィールドワークを手伝っていた赤熊さんは、内定していた会社を断り、商社の駐在員としてタイへ赴任した。24歳のときだ。

 コラート(タイ東北イサーン地方最大の都市。正式名はナコーンラーチャシーマー)にある工場へ出向しているとき、勤務先の商社がタイから撤退することになったため、業務を引き継ぐかたちで、2010年12月に現地法人Imm & Co., Ltdを設立する。

 その後、様々な事業に着手した。外国から部品を仕入れタイで組み立てる企業の品質管理の代行。専門学校や職業訓練校に日本語のカリキュラムを教師もセットにして提供するビジネスなどなど……。

 新しいビジネスのきっかけは2012年のタイの洪水だった。品質管理の受注が激減し下請けの立場を痛感した。好きなことをやりたかった。それがお酒。

 日本のお酒を愛する赤熊さんは自ら蔵元を訪ね、タイで日本酒のセレクトショップをやる手はずをつける。「高い商品だからタイで売るのは難しいが、対面販売するとけっこう売れる。見ず知らずの物でも体験していただき、かつしっかり説明する。そういう場所が欲しかったのです」。

 しかしその後、アメリカ系のベンチャー企業に自分も関わってゆくことを条件に事業譲渡した。新たな出会いがあったからだ。

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