4月4日から東京辰巳国際水泳場で行なわれている、第92回日本選手権水泳競技大会の3日目。女子100m平泳ぎ決勝で、1分06秒72の2位に入り、自身2度目となるリオデジャネイロ五輪代表の内定を手中に収めた。

 4年前のロンドン五輪で、競泳の日本女子選手として初めて3つのメダルを手にした鈴木聡美(ミキハウス)に、彼女本来の弾けるような笑顔が帰ってきた。

「決勝は1本だけ。やり直しはきかない。もうやるしかないと決めて自分と向き合えたことが、自分の泳ぎだけに集中できたポイントだと思います」

 その強い決意は、100m平泳ぎ決勝の入場の時点で伝わってきた。名前を呼ばれると普段は笑顔を見せる鈴木だが、この日は目に力がこもっていた。プールサイドを歩くとき、観客席に軽く手を振り、また真っすぐ前だけを見つめる。

 少し硬くなっているようにも思えたが、その考えはスタート直後に吹き飛んだ。切れのあるストロークと、1発のキックで大きく進むキック力がかみ合い、25mを過ぎたあたりからスピードに乗っていく。50mは31秒08で、周りと身体半分の差をつけて折り返す。

 75mを過ぎたあたりで、疲れからか少し泳ぎに詰まったようにも見えた。ラスト5mは後半に強い渡部香生子(JSS立石)と金藤理恵(Jaked)の2人が一気に差を詰めてきたところで3人がなだれ込んでフィニッシュ。

 電光掲示板には、"1分06秒72"という記録と"2"の順位が記され、日本水泳連盟が定めたリオデジャネイロ五輪の派遣標準記録を突破。「ロンドン五輪以来かも」と、心の底からわき起こる喜びを抑えきれずに全身で表した。

 鈴木にとってロンドン五輪後の3年間は、本当に苦しい時間だった。

「記録を出そう、出そうと意識しすぎて、泳ぎが硬くなってしまう」
「練習では良い泳ぎができているのに、それがうまくレースで表現することができない」

 レースの度に、そのような言葉を繰り返していた。あとには、「私は練習を積まないと自信が持てないので、もう一度、自分が自信を持てるようにがむしゃらにトレーニングに励みたい」と言葉を続け、何とか前向きに考えようとするが、どうしても心と体が一致しない。そのズレは、2015年の4月に大きな歪みとなって現れた。

 ロシア・カザンで行なわれる世界水泳選手権の代表選考を兼ねた、日本選手権の100m平泳ぎ準決勝。ロンドン五輪で見せたキレは影を潜め、持ち味であり、鈴木の泳ぎを支えるキックも水が引っかからないままフィニッシュし、1分09秒07の自己ベストから大幅に遅れるまさかの準決勝敗退。レース後には、顔を覆って大粒の涙を流した。

「前半のスピードも持久力も、メンタル面も含めて今は足りないものだらけ。当然の結果だと思います」

 大きなズレの原因は、気負いにあった。シンデレラガールといわれ、一躍世界にその名を知らしめた鈴木についた『メダリスト』という肩書きが、両肩に重くのしかかっていたのだ。

「メダリストだから、結果を残さないといけない」
「メダリストとして恥ずかしい泳ぎができない」
「メダリストは常に記録を出して当たり前」

 素直でまじめ、周囲を気にせずどんな舞台でも自分を貫ける強い"信念"を持てる鈴木の性格が、大舞台でも力を発揮する原動力だった。ところが、その強い信念が「メダリストとしての責務」にすり替わり、自分に必要以上の重圧を与えてしまう。このプレッシャーはロンドン五輪後、3年もの間、鈴木を苦しめる結果となってしまった。

 そんな鈴木を救ったのは、やはり持ち味の"キック"だった。今年2月に行なわれたコナミオープン2016の50m平泳ぎで100分の1秒自己ベストを更新する30秒96で泳ぎ、「スピードはついていることを実感しました」と、久々にすがすがしい笑顔を見せる。100m平泳ぎでは、1分08秒12という記録ながら、「泳ぎのベースはできあがっている。あとはそれをレースの中でどうやって生かすことができるかどうか」と自信をのぞかせた。

 2013年以降、レース後はいつもどこか不安げな表情で記者たちの取材を受けていたのだが、この日ばかりはどこか光を見つけたような表情で受け答えする姿が印象的だった。一体、何が鈴木に自信を与えたのだろうか。コナミオープンのレースを終えた鈴木が、こんなことを口にしている。

「神田(忠彦)コーチと話し合って、ロンドン五輪のときのような、ヒザを開くようにして、大きく足を引きつけてしっかり蹴るキックに戻しました」

 ロンドン五輪後、高速化していく女子平泳ぎの世界についていくために選択した、新しい道への挑戦。その取り組みはなかなか結果に結びつかず、チャレンジ自体がかえって鈴木の不安を膨らます結果となり、心と泳ぎがちぐはぐになる状況を作り出してしまった。

 2015年、日本代表からも外れてしまった鈴木が選んだのが、『原点回帰』。鈴木の泳ぎを支え、メンタルの支えでもあった1キックをもとの動作に戻し、1キックで大きく進む泳ぎに切り替えた。その結果が、コナミオープンで見つけた鈴木"復活"のカギだったのだ。

「気持ちは上を向いているのに、泳ぎがうまくいかないし結果も出ない。キックのかかりが悪いことが、メンタルをマイナス方向に向かわせていました。でも、ロンドン五輪のときのキックに戻して、それが自分に合っていると実感したことで、気持ちがもっと上を向き、自信を持って泳げるようになりました」

 リオデジャネイロ五輪代表内定を決め、笑顔でそう答えた鈴木の目には、もう迷いはなかった。1年前、涙に濡れた東京辰巳国際水泳場のミックスゾーンは、輝く希望の道へと変わった。

 まだ、2009年に出した100mの自己ベストである1分06秒32はクリアできていない。しかし、以前のように自信に満ちあふれ、前向きな強い信念を持てるようになった鈴木が、それを更新する日も近いだろう。

 4月8日、日本選手権5日目の今日、鈴木は200m平泳ぎに出場する。勢いに乗った鈴木の爆発力は、ロンドン五輪で証明済み。今大会は、『原点回帰』で手に入れた、鈴木本来の伸びやかな、そしてスピード感溢れる泳ぎで、100mに続いて五輪代表権を獲得できるかに注目しよう。

田坂友暁●取材・文 text by Tasaka Tomoaki