3月31日木曜日、午後6時40分ごろ――。岡山空港の出発ターミナルのラウンジにいたストフェル・バンドーンのもとに電話が入り、「バーレーンGPでF1デビューすることになった」と彼は知った。

 もともとこの日、スーパーフォーミュラの公式テストに参加していたバンドーンは、それを初日だけで切り上げて岡山発羽田行きの最終便に乗り、東京からドバイ経由の夜行便でバーレーンへ向かうことにしていた。当初は岡山で2日間のテスト走行を終えてからバーレーン入りする予定だったが、チームから「万一のために金曜に間に合うよう来てほしい」と要請を受けていたからだ。

 そのころ、バーレーン・インターナショナル・サーキットでは、メルボルンで大クラッシュを喫したフェルナンド・アロンソがメディカルセンターを訪れ、出場に向けてFIAによって義務づけられた医療チェックを受けていた。しかし、異例とも言える1時間半にも及ぶチェックの末、肋骨にヒビが入っていて完治していないことと、事前のCTスキャンで肺に気胸の症状が出ていたことがわかっていたため、FIAはアロンソにバーレーンGP出場の許可を与えなかったのだ。

 その裁定が下るやいなや、マクラーレン・ホンダはバンドーンに出場を知らせる電話をかけたというわけだ。

「その時点ではすでに、念のために1日早くバーレーンに向かうことになっていたんだけど、フェルナンドがメディカルチェックから出てきた5分後か10分後にはチームが電話をしてきて、レースに出ることになったと知らされたというわけさ。そこからはエンジニアたちから電話がかかってきたり、書類が送られてきたりして、日本からここに来る機内でもかなりの書類を読んだりしなければならなくて、とても慌ただしかったけど、十分に準備はできた状態で今日に臨むことができた」

 金曜の朝8時45分にバーレーンに到着したバンドーンは、ホテルのチェックインだけを済ませて、技術作業の開始時刻である11時過ぎにはサーキットにやって来た。そして、ピットガレージですでに「47」のレースナンバーが刻まれた『MP4-31』のコクピットに乗り込み、シート合わせやエンジニアとの打合せを行ない、午後2時からのフリー走行に臨むこととなった。

 昨年型マシンでのテストは何度も経験し、チームのシミュレーターでは今季型MP4-31も十分に疑似体験している。しかし、MP4-31の実車に乗るのも初めてなら、F1のレースも初めてだ。さすがに金曜の朝は表情も硬かったが、フリー走行が始まるころには「いつものバンドーン」に戻り、落ち着いてプログラムをこなした。

 昨年、圧倒的な強さでGP2のチャンピオンとなったベルギー人ドライバーのバンドーンは、一発の速さも、バトルでの強さも、ペースコントロールもすべてが揃ったドライバーだ。それを可能としているのは、頭脳明晰で常に冷静な彼のメンタリティだともいえる。このバーレーンでも2年で計3ラウンドを経験して優勝もしているだけに、勝手知ったるサーキットだ。

 一方、レース週末を戦う上でチームを牽引する立場になったジェンソン・バトンは、FP-2(フリー走行2回目)で3番手タイムを記録して周囲を驚かせた。「あれが軽タンクでのタイムだったとしても、十分に驚異的だ」とレッドブルのダニエル・リカルドは言ったが、チームは燃料を軽くしてタイムを狙いにいったわけでもなく、通常どおりのプログラムをこなすなかで自然に出た好タイムだった。それだけに、チーム内では初のQ3進出に寄せる期待はかなり高まっていた。

 だが、その雰囲気は土曜午後のFP-3(フリー走行3回目)になって、一変してしまった。

「マシンのフィーリングが、昨日と全然違う」

 FP-2は路面温度が20度台にまで下がった夜の走行、そしてFP-3はまだ強い陽射しが照りつける昼間の走行なのだから、バトンがそう訴えるのは当たり前のこと。ところが、マクラーレンのエンジニアたちはここからセットアップ変更を巡って、右往左往を始めてしまったのだ。

「コンディションが違うから、マシンフィーリングが違うのは当たり前。予選・決勝は夜だから、FP-3のデータに引っ張られてはいけないということはわかっていたはずなのに、取っ散らかってしまった」

 あるエンジニアはそう語る。そしてどうやらその背景には、現地を訪れていた総帥ロン・デニスの存在が影響していたようだ。

 自身が陣頭指揮を執っていたころとは時代が違うのに、デニスは今でも現場に来ると、ピットガレージ内を歩き回ってはあちこちに口を出そうとする。実際、FP-2の間にもピットウォールにいたエリック・ブリエ(マクラーレン・レーシングディレクター)を無線トラブルについて問い詰めてみたり、セッション後にはアロンソを連れ立って土曜からの出場を認めるようスチュワード(競技会審査委員会)に詰め寄り、あっさりと却下されたりもしている。記者会見で出場許可を訴える持論をぶってみたり、チーム内でもドライバーや首脳陣など様々な者を捕まえては話し合いを試みるが、誰もが辟易(へきえき)とした表情を浮かべていた。

 しかし、チーム内で圧倒的な威厳と存在感を持つデニスの"鶴のひと声"には、誰も反論できない雰囲気が漂っている。それが、このチームの難点だ。

 結果、予選でQ2に進んだものの、バトンは2回目のアタックでフロントウイングのフラップを上げすぎ、「オーバーステアがひどくなってしまって、とても走れない」と14位に終わった。FP-3でオイル漏れの症状が出て走行時間をロスしたバンドーンのほうが、「セットアップをいじる時間がなくて、逆によかったかもしれない」と関係者が語るほどで、実際に予選12位とバトンを上回る結果を残した。

「テストもなく実戦に臨まなければならなかったわけで、難しい状況だったから、ミスを犯さずに週末を終えるということがもっとも大切なことだと思っていた」

 どんな混戦でも事故に巻き込まれることなく、気づけば順位を上げてくる。そんなGP2時代のレースを彷彿とさせるように、バンドーンは冷静なレース運びでスタート直後の混乱をすり抜け、タイヤも燃費もきちんとマネージメントして、57周のレースを走り切った。そして終わってみれば、10位入賞を果たしていた。

「週末の走り始めからこのクルマで心地よく走ることができたし、今日も何も失敗はなかった。スタートはうまくいったし、結果的についてきた1ポイントはよくやった週末のボーナスのようなものだと思っているけど、自分に与えられたチャンスを最大限に生かすことができたと思うよ」

 ホンダの長谷川祐介F1総責任者も、「新人とは思えない素晴らしい走り。これだけ複雑な今のF1で、ほぼノーミスでこなしたのはすごいことです」と賞賛した。

 そして、今季初入賞を果たし、マシンポテンシャルを確認できたことも大きかった。バトンも7周でリタイアしていなければ、ウイリアムズ勢と戦え、さらに上位にいたはずだ。

「きちんと戦えればポイント圏内を争うことができることが確認できたのはポジティブです。しかし、中団はかなりの接戦ですし、入賞できるかどうかのボーダーライン上にいることもまた事実です」(長谷川総責任者)

 だが、バトンのパワーユニット(PU)にはトラブルが出た。詳細は今後の分析を待たなければならないが、「パワーを失ってマシンを止めたら、PUが止まった。おそらくハードウェアの問題だろう」という。

「今年は信頼性をきちんと確保してレースに臨むというのが第一だと思っていましたから、個人的には残念ですし、ガッカリしています。もちろん、信頼性があっても11位・12位で完走しているようでは嬉しくありませんが......」(長谷川総責任者)

 エースの欠場という慌ただしさのなかで迎えたバーレーンGPでは、チーム側としても、パワーユニット側としても、それぞれに明暗の両方が見えた。着実に前進していることはたしかだが、さらに前へと進むためには、もう一度立ち止まって根本から見直さなければならないところがある。もしかすると今、マクラーレン・ホンダはそんな岐路に立たされているのかもしれない――。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki