3月の卒業式、4月の入学式。日本では桜の開花に合わせて新しい年度がスタートする。真新しい制服に「着られている」印象の新入生集団を見ると、なんとなくこちらまでフレッシュな気になる。この時期に日本を訪れる外国人は、普段とは違う日本の印象を受けることになるかもしれない。(イメージ写真提供:123RF)

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 3月の卒業式、4月の入学式。日本では桜の開花に合わせて新しい年度がスタートする。真新しい制服に「着られている」印象の新入生集団を見ると、なんとなくこちらまでフレッシュな気になる。この時期に日本を訪れる外国人は、普段とは違う日本の印象を受けることになるかもしれない。

 中国メディア・中広網は5日、日本の入学式や入社式には「儀式文化が満ちている」とする評論記事を掲載した。記事は、毎年4月になると日本の学校では、新入生が新しい制服を着て入学式に臨むと紹介。学校の制服はフォーマルで、画一的なものであり、入学という行為に儀式的な感覚を帯びさせるものであることを伝えた。また、学校のみならず企業への入社においても「会社の要求に合ったスーツを着なければならない」としている。

 そのうえで、日本は相対的に発展し、成熟した現代社会であり、その証左の1つに「主に服装によって表わされる、各種の儀式感に満ちていること」であると解説。会社員のみならず政治家、公務員、電車やバスの運転手、さらには工事作業員、ゴミ収集員にいたるまで、その職業に合った服装を着ることが厳しく要求されているとし、そこに「日本の職業規範、業界の意識、集団的なアイデンティティが示されるのである」と説明した。

 記事はまた、制服を着て入学するという「儀式化」が、子どもたちに「縛りのある教育」を受けさせることに一役買っているとも紹介。日本社会は自らの主張を外へ広めることなく、人間関係や社会の安定を守ることが求められる社会であり、「服装教育」の背後にはこのような「伝統的な社会文化や教育理念がある」と論じた。

 学校制服の存在が良いか悪いかは、大いに意見の分かれるところだ。画一性という視点から見れば、制服には生徒の服装に平等をもたらすというメリットがある。しかしそれは、見方を変えれば「没個性」というデメリットと捉えることも可能だ。記事は、貧困家庭にとって制服は負担が大きいという経済的な面について解説しているが、一方で「制服があるから私服にかける費用が少なくて済む」という意見があるのも事実である。

 日本の学生服文化は、今や中国でも有名であり、ネット上では往々にしてジャージー主体である中国の制服と比較して嘆息する行為が繰り広げられている。仮に日本の学校で制服廃止論が進んだとき、国外からも存続に対する熱心な懇願が寄せられるかもしれない。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)