『かけがえのないマグマ〜大森靖子激白』(毎日新聞出版)

写真拡大

 昨年10月に第一子を出産したばかりのシンガーソングライター大森靖子。2月18日には赤坂BLITZでワンマンライブを行い、さらに3月23日には新しいアルバム『TOKYO BLACK HOLE』をリリースするなど、出産直後から精力的な活動が注目を集めるが、そんな彼女の壮絶な半生を詩人・作家の最果タヒが本人から聞き取り、文章化した本『かけがえのないマグマ〜大森靖子激白』(毎日新聞出版)が話題だ。

 吉田豪氏は「週刊新潮」(新潮社)2016年3月3日号に掲載されたこの本の書評で〈これは現代の少女版『成りあがり』と言っていい本なんだと思う。矢沢永吉に憧れて人生が変わった男が続出したように、これを読んで人生が変わる女の子が増えていくのが楽しみであり、ちょっぴり怖い〉と綴っているが、まさしく、愛媛から上京しミュージシャンとして巣立っていくまでのライフストーリーを描くスタイルは『成りあがり』を彷彿とさせる。

 しかし、『かけがえのないマグマ〜大森靖子激白』には、『成りあがり』以上に衝撃的な「激白」も記されている。たとえば、こんなエピソードだ。

〈あ、そういえば私、小6のときレイプされて。私のお父さんは税務署に勤めている公務員で、しかも小学生の時がちょうど中間管理職のキツい時期だったみたい。ストレスのせいか、家でずっと暴れていて、「出ていけ」ってめちゃくちゃ言われるから、はい、出ていきますって小6にもなるとよく家出をした。電車にも一人で乗れるし、夜だってそんなに怖くないとか思っちゃって。それで深夜に一人で歩いていたら車の中に連れ込まれてやられちゃった。男二人。深夜3時。最初、自動販売機見てて、「そういうのが好きなの?」って聞かれて、そこに占いみたいなのが書かれてたから、「好き」って答えたらそれがコンドームの自動販売機だった。ほとんどなにも覚えていない。そのとき車の中でかかっていたのがモーニング娘。の「サマーナイトタウン」で、歌詞の「大キライ 大キライ 大キライ 大スキ」のところを、そのおっさんが全部、「大キライ」って歌っていた〉

 大森靖子は、モーニング娘。道重さゆみの大ファンであることを公言し、「ミッドナイト清純異性交友」という道重さゆみに捧げた楽曲までつくっているほどだが、そんな彼女とモーニング娘。との間にはこんな記憶があったとは衝撃だ。その体験について、大森靖子はこのようにも綴っている。

〈ショックだったとか、トラウマになったとか、そういう感じではなくて、だってなにされたかよくわかんなかったし、わかってなかったからそういうことされたわけだし、ジュースおごってくれたしラッキーぐらいに思っていた。でも中学生になったらやっぱりみんな彼氏とかできたり憧れたりするから、セックスの話とかするんだよね。
 1年1組、教室、2時間目のあとの休み時間。友達の会話。そこで「うわー、もうやってるやつじゃん、それ」って気づいた私。大好きな人と、手つないだり、キスしたりしたあとに、やることなんだって知った。まだ「恋愛」に憧れるような女の子、セックスとか恥ずかしくて口にもできない女の子、少女漫画とかの知識しかない女の子。そんな女の子じゃないんだなって、私は違うんだなってわかったんだ。あ、もうダメだ、人生終わった、私はこの子たちとはまったく違う生き物なんだ〉

「私はこの子たちとはまったく違う生き物なんだ」という思いは、彼女をエキセントリックな行動に駆り立て、どんどんまわりから孤立させていく。

 彼女の入学した私立中学は、学校指定のカバンが生徒たちから評判が悪く、他の子はオシャレな学校指定バッグの代名詞ともいえる法政二高のバックをネットで買うなどして使っていたが、大森靖子がとった行動はそれらとはまったく違うものだった。

〈私は100均で首輪みたいな鎖買ってきて、マニキュア使って「死」とか書いていたのに、先生は学校の名前に傷がつくからって持ってくるなって言った。持ち歩くことすら、許されなかった。
 一人だけ指定カバンを持っていかなくてよくなっちゃったし、頭もすでに金髪で、先生はなにも言わないけど、そのぶん先輩だけには嫌われて、生意気って何度も自転車のタイヤをパンクさせられた〉

 この後、彼女は学校の購買部の職員とできていると噂されたり、シンナーをやっているとデマを流されたりして、保健室登校を余儀なくされる。愛媛の狭い街のなかで周囲から疎まれ友だちはいない。そんな彼女の支えになったのは、銀杏BOYZの音楽であった。

 高校卒業後は窮屈な田舎を抜け出すべく上京。武蔵野美術大学に進学を果たす。でも、東京に来てもその孤立は変わらなかった。

〈やることもなくて、暇そのものすらやりつくして、しかたがないから1ヶ月寝ないとか、そういうことを実験してみて。人間は1ヶ月寝なくてもやってはいけるとかどうでもいいことを知る。途中から幻想とか見るけどやってはいける。でもコンビニに入ったら急に戦国時代の幻覚が見えて、それで実験はやめてしまった〉

 しかし、その孤立は、高円寺のカルトなライブハウス「無力無善寺」にレギュラー出演するようになってから変わっていく。加地等や豊田道倫といったミュージシャンの先輩に生き方を学び、そして、初めて周囲に自分を理解してくれる仲間を見つけた。

 その後、本格的にミュージシャンとしての道を歩み始めた彼女は、オファーを受けたイベントは断らず、どんな場所でも歌いに行く生活に突入。ある程度売れると普通はライブの数を絞るものだが、彼女が選んだ道は仕事を選ばず、毎日のようにどこかのステージに上がり続けることだった。

 しかし、その過程で今度はSNSを介した顔の見えない人々の悪口が彼女を追いつめる。「ブス」「メンヘラ」、そういった言葉が次々と書き込まれ、〈有名になることは、ただただ自傷行為でしかないんだろうか〉とすら思いいたるようになってしまう。

 表現する者が抱える普遍的な悩みだが、SNSが普及した2010年代以降はことさらにそれが顕著だ。ただ、彼女はそれに押しつぶされることはなかった。〈ネットでは、自分のことをなんて言われているか気になってエゴサーチばかりして、悪口は見つけて読んでおきたかった〉とすら語る大森靖子は、むしろ、それら悪口を活動の糧にしていく。そのとき力になったのは、「私はこの子たちとはまったく違う生き物なんだ」と感じたあの日から耐え続けた孤独の日々だった。

〈人がみんな、他人の評価なんかに怯えずに、ただ感情をスピーディーに、かつ美しく表現して、それを享受した喜びでまた新しい価値観や世界がうまれていく、そんな社会に少しでも近づけばと思っている。そのためにも私は今のままで、決して空気や他人の悪意に押しつぶされず、しっかり生きて、しっかり歌って、しっかり魅せていかなくちゃいけない。それが、私のここから数年の仕事なんだろう。叩かれても疎まれても捨てなかった自由と孤独を武器に、才能が死なない世の中にする努力をしたい〉

 SNSや世間の空気によって潰れていく才能がある一方、そんな状況を打破しようと宣言する大森。他人の評価に怯えず、空気に押しつぶされず、叩かれても疎まれても自由と孤独を武器に。彼女はこれからどんな作品を生み出すのか。そのエキセントリックなたたずまいから、メンヘラと称されることもある大森だが、実は孤独を怖れないそのタフな活動に注目したい。
(新田 樹)