企業は“オタク”に会いたがっている──スーパーファンとWikiaとエンタメの未来

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映画、ゲーム、TVドラマ、コミック、アニメ、スポーツ、音楽…。さまざまなコンテンツがさまざまなファンによって支えられていることは指摘するまでもない周知の事実。しかし近年、とりわけコアなファンたちの知識や熱量が、コンテンツそのものに影響を与え始めている。その中心にいるWikiaとはいったいいかなる集団か? オタク的知識をビジネスに変えた彼らのストラテジーに迫る。(雑誌『WIRED』VOL.21より転載)

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Wikiaは、ダイヤの原石だった

「Wikia」(ウィキア)は、ウィキペディアの共同創設者ジミー・ウェールズとアンジェラ・ビーズリーが2004年に立ち上げた、ポップカルチャーを中心としたファンコミュニティーのホスティングサイトである(正確にはWikicitiesとして創設し、06年にWikiaに改名)。

ウェールズは創設当時、Wikiaが取り扱うコンテンツについて「図書館にある百科事典以外のあらゆる専門書を総ざらい」と表現した。つまり、ウィキペディア=百科事典では扱えなかった、もっと幅広く、広がりのあるコンテンツを有するコミュニティーメディアをつくりたかった、ということだ。

テーマはTV、映画、ゲーム、アニメ、音楽、ライフスタイル、クルマ、チャリティーなど、どんなコミュニティーでもつくれるが、ウィキペディアと同様にユーザーが書き手となるという性質から、結果的に熱いファンの多い、エンターテインメントやポップカルチャーのコミュニティーを中心に発展をみせた。

現在サイト内には、約36万のコミュニティーが存在し、220の言語で世界中に展開されている。コミュニティーのジャンル別内訳は、コミックや映画といったエンターテインメントのコミュニティーが11万、ゲームのコミュニティーが14万1,000、ライフスタイルのコミュニティーが9万5,000となっている。グローバルのトラフィックは、15年末で月間PVが17億、月間ユニークユーザー(UU)が1.9億と、世界最大規模のポップカルチャー・ファンコミュニティーサイトに成長している。現CEOのクレイグ・パルマーは、音楽配信サーヴィスなどに技術を提供するデジタルメディアテクノロジー企業グレイスノートのプレジデント&CEOを経て、11年に就任した。

「低予算で素晴らしいコンテンツをつくり上げること。大規模なユーザーを獲得すること。Wikiaには、インターネットビジネスで成功するのに必要なこのふたつの要素があると思いました。CEOとしてかかわることになったとき、とても面白いビジネスになるぞ、とワクワクしましたね。実際、そのころWikiaはあまり知られた存在でなく、いわばノーマークだったのです。磨かれていないダイヤモンドといった状態だった。そういう会社を育てることは、本当に興味深いことなんです。わたしが参加した当時、月間のUUは4,000万でしたが、現在では1.9億。その数字は日々更新されています」

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1/4【40 Million/Total pages of content】愛に溢れる記事数は、現在約4,000万本。その記事は「プロ」にも読まれている。例えば「24 リブ・アナザー・デイ」のエグゼクティヴプロデューサーは、数年ぶりに新作をつくるにあたりジャック・バウアーの履歴をWikiaで確認し、参考にしたという。ファンの力がオリジナルにすら影響を与えるのだ。

2/4【190 Million/Global monthly uniques】月間ユニークヴィジター数、つまりはWikiaに集う熱狂的なファンの数は、およそ1.9億人。その内訳は、「記事を書く層」と「記事を読む層」に分かれている。コミュニティが無為に荒れることがないよう、運営管理(編集長)も、ファンのなかから選ばれたファンが担うのが、Wikiaの流儀だ。

3/4【220/Languages】220カ国語で展開しているWikiaだが、それはつまり、日本のコンテンツがグローバルに発信できる可能性があることを意味している。ゲーム、アニメ、マンガはもちろんのこと、SF小説やドラマ、あるいは和食や温泉など、世界がまだ知らない強力なコンテンツを発信可能なプラットフォームなのだ。

4/4【360,000/Communities】Wikiaにはコミック、ゲーム、映画、音楽、本、TV、ライフスタイルといったカテゴリーがあり、そこに約36万のコミュニティが存在する。「CALL OF DUTY」をうまくプレイできなかったり、「LOST」のストーリーに惑わされたときは、Wikiaが助けてくれる。もしコミュニティがなければつくればいい!

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ファンの情熱がすべての源

サンフランシスコにあるほかの有力IT企業と同様に、Wikia本社内は広々として、ガラス張りの会議室のほかにはほとんどパーティションがない。世界で約300人いる社員のうち、半数がここに勤務しているが、新人社員もマネジャーもCEOも、まるで平等であるかのように自由でリラックスした雰囲気が漂っている。そのなかでひときわ目を引くのが、「Wall of Fandom」のコーナーだ。壁にはアニメやコミック、映画などのキャラクターやグッズが並べられ、会社らしからぬ楽しい雰囲気を醸し出している。Wikiaというメディアはファンありきであることを象徴する場所だと、パルマーはいう。

「コミックやアニメ、映画といったコンテンツの熱狂的なファンによって、Wikiaの情熱溢れるコミュニティーがつくられているわけですから、彼らは非常に重要な存在です。コンテンツはわたしたちがなにかをターゲットにしてつくるのではありません。ファンの情熱によって生まれるのです。わたしたちはWikiaというサイトを、別名〈The Home of Fandom〉と呼んでいます。そこには、熱狂的な“スーパーファン”たちの家のような存在になりたい、という意味を込めています。ファンダムには『熱狂的なファン』という意味もありますが、同時に、ファンとキングダム(王国)の造語でもあるんです」

WikiaでCEOを務めるクレイグ・パルマー。「Wikiaでは日本のコンテンツも非常に人気があります。『NARUTO─ナルト─』『ドラゴンボール』『ポケモン』『ワンピース』『ガンダム』『ファイナルファンタジー』などは、常にアクセスランキングの上位に入ります」

実際Wikiaというサイトは、オタクによって成立している。コミュニティーは誰でも立ち上げることができ、閲覧するユーザーはライトファンも多い。しかし、多くの優良コミュニティーは熱心なファンたちが深く専門的な知識を気前よく書き込むことで成り立っている。

パルマーは、熱狂的なファンをギーク(オタク)とは決して呼ばない。敬意を込めて、スーパーファンという言葉を用いる。20年前よりもずっとオタクの社会的地位は向上しているはずだが、それでもいまだに侮蔑の意味で使われることがある“ギーク”という言葉を、どうしても使いたくないのだという。Wikiaは、そんなオタク、あるいはスーパーファンの並々ならぬ情熱や深い知識を最も有効活用した最初の企業だ。

オタクは長い間、社会では役に立たない無用の長物と思われてきた。情熱的に収集された知識の使い道はなく、膨大なエネルギーは無駄に消費されている、と。しかしWikiaは、そうしたオタク、あるいはスーパーファンに光を当てることで、彼らを社会へ連れ出すことに成功したのだ。

「好き」が価値に変わる職場

実際にWikiaで働く社員の多くは、オタクとはいわないまでもオタク傾向があるという。ブランドン・レアは、その最たる例だ。10歳のときに『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』を観てスター・ウォーズの虜になり、高校生のころからWookieepedia(世界最大級のスター・ウォーズコミュニティー)に参加していたひとりだった。

高校時代からスター・ウォーズのファンサイトに入り浸る筋金入りのスーパーファンだったブランドン・レアは、Wikiaのスタッフの目に留まり、遂にはWikia本社で働くことになる。オタクの知識と情熱は今日のコンテンツビジネスにおいてかけがえのない資産であり、彼らを育む強力なプラットフォームであることこそがWikiaの存在価値なのだ。

「Wookieepediaでは“ Admin”(アドミン)と呼ばれるコミュニティーの管理者だったのですが、ほかのコミュニティーでも活発に活動していたところ、Wikiaのコミュニティーサポートチームの目に留まり、パートタイムでスタッフとして働くようになりました。そのころは大学で政治学を学んでいて、卒業後はロースクールへ進学し、弁護士になるつもりでした。でも、法律にはあまり興味がもてなかったこともあり、大学卒業と同時にWikiaの正社員として働き始めたんです。最初に声をかけられたとき、Wikiaはそれほど知名度があったわけではないので、突然『うちで一緒に働かないか?』と声をかけられても正直戸惑いました(笑)。でもいま思うと、あの出会いは幸運だったといえます。10代のころは、好きなことが仕事になるなんてまったく予想もしていませんでしたからね」

現在レアは、コミュニティーサポートのシニアマネジャーとして、Wookieepediaのみならず、いくつものコミュニティーに携わっている。コミュニティーサイトに書き込みをするファンと直接やり取りをするサポート業務のほかにも、「スター・ウォーズ」シリーズを製作しているルーカスフィルムや、「スター・トレック」シリーズのロッデンベリー(『スター・トレック』の原作者であるジーン・ロッデンベリーによって設立されたエンターテインメント企業)といった制作会社やコンテンツホルダーとファンの橋渡しをすることもある。ファンの心情や動向を理解でき、コンテンツに対する深い知識も活用できる。レアのような人間にとっては天職といえる仕事だ。

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企業はオタクに会いたがっている

「オタクやマニアといわれた人々は、もはや時代のメインストリームにいるといっても過言ではありません。彼らは、アングラ的で家に閉じこもりがちというイメージがあったかもしれませんが、それはいまや過去のこと。今日のオタクやファンは横のつながりも強く、とりわけ西海岸では、それが顕著に現れていると思います。例えばサンディエゴ・コミコン。米国内だけでも数多くあるコミコンのなかでも参加者が多く、最も影響力のある一大ポップカルチャー・イヴェントです。いってみればWikiaのサイトは、こうしたコミコン的なファンのコミュニケーションの場を、毎日提供しているようなものなのです。年に1度でなく、ね」(レア)

パワフルなファン・コミュニティーサイトを多く抱えているWikiaは、映画会社やゲーム会社などのエンターテインメント系企業にとっても魅力的な存在だ。ゲーム会社やハリウッドの映画やドラマは、ここ10年、コミコンを新作のキックオフの場として頻繁に利用している。そこにいけば、観客、あるいはユーザーの生の声が聞け、リアルな反応を実感することができるからだ。そこでファンの反応が悪かった場合には、大きな修正が加えられたり、あるいは作品や商品そのものがお蔵入りになったりもする。レアがいったように、Wikiaは「インターネット上のコミコン」といった性質があり、マーケティングの場としても有効である。

「ゲーム会社やハリウッドは、ファンの声を直に聞ける重要性にようやく気がつきました。それは今後、ますます重要になってくるでしょうね」と、レアは分析する。

企業とファンをつなぐツールとして、Wikiaでは「ファンスタジオ」なるプログラムを展開している。ワーナー・ブラザースやディズニー、エレクトロニック・アーツや2Kゲームといったメジャーな会社がなにか新しいことを始めたいと思ったときに、ファンたちを巻き込んで行うプロジェクトである。

「多くのクリエイティヴカンパニーが、ファンと非常に近い関係をもちたいと思っていることは事実です。ビジネスの目標を達成するために、ファンの協力を得るわけです。ときにリサーチの場となり、ファンたちに強い影響を与える目的の場合もあります。常時10〜20のパートナーシップが進行していますよ。こういったプログラムはWikiaならではの特徴的なものだと思います」(パルマー)

ちなみにWikiaでは、36万のコミュニティーのなかから、影響力の高い上位5,000のコミュニティーをリストアップし、絶えずその動きをチェックしている。この「影響力」は、社内で開発された「成長、トラフィック、エンゲージメント」の3要素からなる自社開発のアルゴリズムによって算出され、WAM指数という独自指標によって評価される。Wookieepedia、ディズニー、マーベルなどは常にトップ争いをしているコミュニティーだ。

原則、コミュニティーの運営はファンたちに任されており、コミュニティーの創設者やヘヴィユーザーが就任するアドミンが、コミュニティーを管理する役割を果たす。コミュニティー内でトラブルが起これば相談には乗るが、会社としては介入しない。「温かく見守る」というのが、Wikiaの基本的な姿勢なのだ。

サンフランシスコの本社オフィスにて。Wikia内のコミュニティごとの月間UU数(2015年12月)を見ると、1,700万UUの「スター・ウォーズ」を筆頭に、「Fallout」(ゲーム)、「ハリー・ポッター」(映画)、「リーグ・オブ・レジェンド」(ゲーム)、「ゲーム・オブ・スローンズ」(TV)がTOP5を占めている。

創設10年、次なる一手は?

創設10年を超えたWikiaと同様に、成熟したコミュニティーも増えている。2015年は、Wookieepediaを含めいくつものコミュニティーが10周年を迎えた。サイトとしても次のステージに向かっているWikiaは、コミュニティーを大切に育てるだけでなく、積極的に「外」に向けてアピールしていくプロジェクトにも取り組み始めた。ファンプログラムの責任者で、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の公開に合わせてローンチした「MayTheFansBeWithYou」の陣頭指揮をとったエリック・モローはこう語る。

「毎年、力を入れてプロモーションするコミュニティーをいくつかピックアップし、さまざまなイヴェントなどを仕掛けていきます。15年なら、10年ぶりに新作が公開となった「スター・ウォーズ」、シリーズ最新作『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』が公開になったマーベル、ブレイク中のTVドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」、新発売のゲーム『バットマン:アーカム・ナイト』など。新作や新シリーズにより注目度が高まるコミュニティーを、ビッグイヴェントと結びつけたり、オリジナルコンテンツをつくるなどしてバックアップしています。例えば15年は、ルーカスフィルムが毎年開催している「スター・ウォーズセレブレーション」に初めて参加し、Wikiaの大きなブースを出しました。バースデーケーキも用意して、Wookieepediaの10周年をファンと一緒に祝いました。「Qwizards」(クイザード)という、いわゆるカルトクイズのイヴェントも行いました。これにはルーカスフィルムの『ホロクロン(ジェダイやシスが使った有機クリスタルの記憶装置の名前)の保管者』と呼ばれているリーラド・チーも参加したんです。彼はスター・ウォーズに関してすべてを知り尽くしている、いわばルーカスフィルム内の生きたWookieepediaのような人ですからね! 彼はわたしと一緒に司会を担当してくれました。今年、ロンドンで開催されるセレブレーションも待ち遠しいですよ」

セールス & マーケティング部プログラミング・チーフディレクターのエリック・モロー。『IGNエンターテインメント』編集長などを経て現職。ポップカルチャーに関する豊富な知識を基に多彩な企画をプロデュース。

また、ニューヨーク・コミコンでは「ファンタジー・フードトラック」というイヴェントを開催し、好評を得た。映画やコミック、TV番組などに登場する架空の食べ物64品を対象に、インターネット上で人気投票を行い、上位2品をコミコン会場のフードトラックで提供したのである。投票数は85万票以上という大成功に終わった。ほかにもサンディエゴ・コミコン、SXSW、シカゴC2E2、シアトルのPAX Prime 、EGX Londonなどに参加しているが、2016年はこのようなビッグなライヴイヴェントにもより積極的に参加していく予定だと言う。

日本進出の勝算

こうしたWikiaを通じたファン同士の“つながり”は、日本への本格的ローンチにより、さらに強化されることだろう。すでにWikiaは、ドイツ、イギリス、そしてエンジニアの拠点としてポーランドなどに海外オフィスをもつが、本格的に現地法人を設立したのは日本が初めてだ。日本法人には、日本におけるツイッターの立ち上げを支援したデジタルガレージなどが出資している。

「ポップカルチャーのIP(Intellectual Property:知的財産)の多くは、日本から生まれ、世界的な影響力をもっています。日本のIPに関してつくられたコミュニティーは、日本語ではないものも合わせると、Wikiaのトラフィックの15〜20%を占めます。ですから戦略的にも、ビジネス的にも日本は重要だと判断したのです」(パルマー)

MITメディアラボの所長で、Wikia日本法人の取締役でもある伊藤穰一は、いまこそローンチに最適な時期だという。

「日本のオタクやファンは、『コンテンツを理解して、整理して、共有する』こういったサイトとの相性は、根本的にいいと思います。実は、6年前にWikiaの日本法人を設立しようと動いたときがありました。けれど日本の場合、大手の出版社やTV局といった権力のあるIPホルダーがインターネットに懐疑的で、コンテンツを囲い込む傾向にある。当時はその壁が思いのほか厚かったのです。同じアジアでも、韓国や中国はIPを握っている企業のトップが比較的若く、インターネットにフレンドリーなこともあり、IPへのアクセスはそんなに難しくありません。これは日本の特殊な事情のひとつだったかもしれません。でもいまは、KADOKAWAや講談社といった名前のあるIPホルダーが積極的にインターネットとかかわろうという姿勢があります。ようやく意識がかわってきたのかなと」

アルスエレクトロニカでジミー・ウェールズと知り合ったのが縁となり、伊藤穰一は2004年のWikia創設時に出資した。現在、Wikia日本法人の取締役も務めている。

ハッピーオタクの逆輸入

とはいえ、いまだ携帯電話のみならず、さまざまな分野における日本の“ガラパゴス化”が存在する。例えば、マーベルコミック原作のハリウッド大作は、欧米や中国、ロシア、さらに、韓国、シンガポールなどアジアも含む全世界でヒットしても、日本だけふるわない。嗜好の独自性は、美点でもあるが、ビジネスにおいては先が読みづらい。新メディアでいえば、配信サーヴィス(VOD)のHuluやNetflixも、本国ほどの勢いはなく、別の戦略を迫られている。

「確かに、日本には独自のものがあるので、やってみなければわからないことが、なにに関しても多い。けれど、日本のコミュニティーに関しては、閉鎖的だったころに比べるとかなりオープンになっていると思います。そもそも日本のITにおける“鎖国”は、島国的な日本人の国民性からきている閉鎖性ではなく、大企業が独占的な力をもって新しいものをブロックしていたという閉鎖性なんです」

そう話す伊藤は、さらにこう続ける。

「日本には同人誌など、昔からコンテンツに手を加えて遊びたいという文化がある。Wikiaのようなサイトが、日本で展開したら面白いと思うのはそういう点もあるからです。また、日本には“元祖オタク”、いわゆるネクラといわれていた人たちがいる。一方アメリカのコミコンに行くと、ファミリーで楽しんでいるような“ハッピーオタク”の姿が目立つ。日本と欧米の文化交流というのは昔から面白くて、例えばロックバンドのクイーンは、日本で先に火がついたことがきっかけになり、欧米で売れた。その反対のケースだってあります。だから、アメリカ的“ハッピーオタク”の逆輸入っていうのも、アリなんじゃないかと思うんです。そういう交流が、かつてよりもはるかに簡単になったのがインターネットの時代。日本文化や和食やファッションは、海外の人たちにとってもホットなトピックスであることは間違いないですしね」

さらにいえば、和食について外国人がコミュニティーをつくって書き込みをし、それを日本人が読んで翻訳して、日本語サイトにするなどといったこともこれからは普通になっていくだろう。日本から発信されるコミュニティーの情報は、米国のみならず、世界中の興味を引くものが多いに違いない。アニメ、漫画、Jポップ、アイドル。すでにカルトなファンが海外にもいるこれらのジャンルのハブになるということだけでも、Wikiaが日本に拠点をおく意味はあるのかもしれない。

近年は、米国内で開催されるメジャーなエンターテインメント・イヴェントのほとんどに積極的に参加している。ニューヨーク・コミコンでも「ファンタジー・フードトラック」などを主催した。PHOTOGRAPH BY JANNA BASCOM

Wikiaの前、グレイスノートの経営者時代から日本との仕事が多く、日本文化への造詣も深いパルマーはこう話す。

「ポップカルチャーにおいては、双方向の進出があると思います。でも、面白いことに日本のアニメや漫画の翻訳したサイトを提供したとすると、彼らはオリジナルのヴァージョンも観てみたくなるのです。どんな音で聞こえるのか、どのように見えるのか、意味がわからなくても元の言語で観たいという興味深い欲求がおこってくるのです」

本国のWikiaは、主に広告収入によるビジネルモデルが確立しているが、日本においては確固たるビジネスモデルは確立されていない。そこは今後の展開における大きなポイントとなってくるだろう。しかし、パルマーには十分な手応えがあるという。

「欧米の広告市場は、非常に進化しています。多くのスタイルがあり、最大限に利用する技術も生まれています。日本のいまの広告市場は、5〜6年前のアメリカのようなものかもしれません。さまざまなスタイルを模索していくとは思いますけれど、楽観的にとらえていますよ。トライアル&エラーを恐れない。模索しながら道を探す。それをできるのがIT企業の美点ですから」

※ 転載元である雑誌『WIRED』日本版VOL.21では、Wikiaの共同設立者でWikipediaの共同創始者でもあるジミー・ウェールズへのインタヴューを掲載! 本誌の購入はこちらから

立田敦子|ATSUKO TATSUTA
映画ジャーナリスト。『GQ JAPAN』『エル・ジャポン』『キネマ旬報』などの媒体に執筆。近著に『どっちのスター・ウォーズ』(中央公論新社)。

INFORMATION

『WIRED』VOL.21「Music / School 音楽の学校」

音楽家を育てるだけが音楽教育ではない。文化、あるいはビジネスとして音楽をよりよく循環させる「エコシステム」を育てることが「音楽の学校」の使命だ。ドクター・ドレーとジミー・アイオヴィンが生んだ、音楽の未来を救う学びの場や、アデルらを輩出した英国ブリットスクールの挑戦、Redbull Music Academyの“卒業生”へのアンケートやオーディオ・スタートアップへのインタヴューなど、これからの学校のあり方を音楽の世界を通して探る特集。