シェル・ヒューストン・オープンはマスターズ前週の開催ということで、選手によって「出る」「出ない」が大きく分かれた大会だ。
 前週に大会に出て、試合勘を高め、その勢いのままオーガスタへ乗り込もうと考えてヒューストン・オープンに出場したのは、フィル・ミケルソンやジョーダン・スピース、リッキー・ファウラーといった選手たち。
 逆に、ローリー・マキロイやジェイソン・デイ、松山英樹といった選手たちは、ヒューストン・オープンには出場せず、心身を休めたりして自分なりの調整を行ない、早めにオーガスタ入りする道を選んだ。
 そんなふうにトッププレーヤーたちには選択肢がある一方で、マスターズの出場資格が無い選手たちはヒューストン・オープンに出て優勝してオーガスタへの最後の切符を手に入れようと必死だった。
 最終日を首位タイで迎えたのは、ジム・ハーマンとジェイミー・ラブマークの2人。どちらも米ツアー未勝利でマスターズは未経験。2人はオーガスタを夢見ながらサンデーアフタヌーンにティオフしたが、ラブマークは4オーバーと崩れ、彼の夢は今年も叶わなかった。
 しかし、ハーマンは踏ん張った。一時はヘンリック・ステンソンに首位を奪われたが、安定したショット、パットで首位を奪い返し、1打差でハーマンが初優勝とオーガスタへの最後の切符を手に入れた。
 ハーマンと聞いて、顔や姿を思い浮かべられる人は米国でも少ない。シンシナティ大学を卒業後、2000年にプロ転向し、下部ツアーを経て2011年から米ツアー参戦を開始した。すでに38歳。プロになってからの優勝は2010年に下部ツアーで挙げた1勝のみだ。
 私がハーマンという選手を知ったのは昨秋のこと。シーズンエンドのプレーオフシリーズ第1戦、バークレイズの会場に、あのドナルド・トランプが突然、姿を現し、騒然となったことがあった。トランプは自分が贔屓にしている選手の応援に駆け付けたとのこと。その「贔屓にしてる選手」というのが、ハーマンのことだった。
 ハーマンにはニュージャージー州のトランプ・ナショナル・ベッドミンスターでアシスタント・クラブプロを務めていた時代があり、当時はトランプと何度もともにラウンドし、トランプの賓客たちとも一緒にラウンドしたという。
 ツアープロを目指してからのハーマンは、トランプから経済的支援と応援を得て、下部ツアーから米ツアーへ這い上がった。しかし、肝心の成績はなかなか上がらず、今季は13試合でトップ10は1回、予選落ちは4回。フェデックスカップは93位。世界ランキングは191位で今大会を迎えた。
 3桁の世界ランキングでマスターズ出場なんて夢のまた夢と思えてしまう。だが、ハーマンは「信じて頑張り続ければ、必ず夢は叶う」と信じたハーマンは、ラストチャンスに挑み、そして本当に夢を叶えた。
 パーで上がれば、マスターズ。そんな大きなプレッシャーの下、池が広がる72ホール目で堂々と放ったドライバーショット、グリーンを捉えたアイアンショットは見事だった。
 プロになって16年。スイングコーチもメンタルコーチも付けたことはなく、米ツアーでは1度も勝利を挙げたことがなかった。
 とうとう掴んだ初優勝。その最大の勝因を問われると、ハーマンはこう答えた。
「僕のキャディです、、、、とうとう僕もマスターズに行ける、、、、」
 声を詰まらせ、喜びに浸ったハーマン。オーガスタへつながる彼の道は果てしなく長く遠かったけれど、とうとう開かずの扉を彼は自力で開いた。今だけは大統領選のことは忘れ、トランプを支持する人も支持しない人も、どうかハーマンに拍手を送ってあげてほしい。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)
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