世界には、その国の美しさや発展度合いを表す壮麗な建築物が存在するものだ。しかし、中国メディアの捜狐はこのほど、国の本当の美しさとは社会的弱者に対する国の接し方にあると論じている。(イメージ写真提供:123RF)

写真拡大

 世界には、その国の美しさや発展度合いを表す壮麗な建築物が存在するものだ。しかし、中国メディアの捜狐はこのほど、国の本当の美しさとは社会的弱者に対する国の接し方にあると論じている。

 記事はこの点を論じるために、まず北海道のJR石北線・旧白滝駅の事例を取り上げる。この駅は地域住民の人口減少が原因で廃止するという話が度々持ち上がっていたが、高校通学に利用する乗客が1人だけいた。地域住民の要望もあり、JRは高校生が卒業するまで駅を残すことを決定した。

 記事はこの出来事が中国でも話題になっていると紹介。さらに中国は日本に対して非常に複雑な感情を持ってはいるが、それでもこの話は愛に満ち溢れていることを認めざるを得ないと説明。またこの出来事に対して、あるネットユーザーが「国家が国民1人1人にどう接するかによって、国民1人1人も国家にどう接するかが決まる」とコメントしていることも紹介。旧白滝駅の出来事が中国の国民の思いに大きな影響を与えていることがわかる。

 記事はまたペットボトル拾いを生計にするデンマークの貧しい人びとの事例を取り上げている。デンマークのある公務員は、貧しい人びとがゴミ箱の背が高いためにつま先立ちになったりあるいは上半身をゴミ箱に埋没させ顔中ゴミだらけにしてやっとペットボトルを見つける様子に心を痛めた。

 貧しい人びとのなかには背の低い人、身体の不自由な人も多い。この公務員は「貧しい人びとの尊厳を重んじるべきだ」とし、街のゴミ箱の高さを30センチ低くするよう関係部署に提案。1カ月後、街に背の低いゴミ箱が設置されはじめたのだという。

 記事はこの2つの事例を用いて、社会の美しさや発展の程度は社会的弱者にどう接しているかによって計られると指摘。中国でも多くの人びとが人生の一時期に社会的弱者になる可能性があり、その時、中国社会はそうした人びとを助けようとするだろうかと問いかけている。

 この2つの事例に共通しているのは、日本のJRやデンマークの市役所が「多数派ではなく、少数派」のために行動を起こしたことだ。地球の片隅で生じた愛に溢れた出来事を世界の多くの人びとが共有できる現在、記事はこの2つの事例を用いて中国にも社会的弱者を守る風潮を作り出そうとしているのだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)